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日本の人民生活を、今日の惨苦につき入れ、戦場へやられた一人一人が平和の生活では思いもかけなかった残虐行為を行うようにしむけられたことに対して、日本の人民の戦争責任者追及は、むしろ寛大すぎるとさえいえる。二十万人の戦傷不具者・二十万人以上の戦争未亡人、数しれない戦災者たちは、ひきちぎられ、根こそぎされた自身の生活権について、日本のファシズムこそ敵であったという事実を、どこまできもに銘じているだろうか。
米鬼を殺せ! と一頁ごとに刷ってある『主婦之友』を読みながら、護国の妻の実話にはげまされて、良人や息子を戦場におくった母や妻は、きょう未亡人となって行末を思いわずらい、眠りかねる夜の蚊帳の中で、昔なじみの『主婦之友』をひろげたりもするだろう。そしてあてもなく華やかな外国をまねしたモードを見たり朗らかな夫婦生活と性愛の秘訣をよんだりするとき、その未亡人たちの心にはどんな思いがあるだろう。
日本の戦犯は、決して東京裁判で近く判決をうけようとしている被告たちだけのことではない。東京裁判という国際的なスポット・ライトに照らされた場面に人の目が集められているこの数年間に、その舞台のかげでさまざまの方法で旧勢力を挽回しようとつとめて、かなりの効果をあげている日本のかくれた軍国主義者の行動に対して、わたしたちは決してお人よしであってはならない。逆の形で東京裁判に便乗して、ひと握りの被告を犠牲にすることによって、現存するファシズムの力を守ろうとしている悪辣な権力にわたしたちは決して二度と自分たちの運命を支配させてはならないのである。
正義のかかし[#「かかし」に傍点]の役割を負わされている点で、きょう法廷に立つ大臣、社長、官吏が東條たちに似ているというのはこのことである。常識のなかで社会的地位があるように思われている人物が、次から次へ不正事件であげられると、さも何処にか厳しい正義が存在しているように思われがちである。
国会解散がいい出されているきょう、社会党につないでいた一般の期待が一つ一つと失われてゆくような事件があばかれることは、結局誰にとって有利なことであろうか。社会党はきわめて少数の人をのぞいて、政権をとるためには特権階級の利益をまもることで全く保守党と同一の立場をとった。それでも、純粋の保守的な政党からみれば、歓迎したい勢力ではないであろう。社会党が勤労階級の
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