ということをいい得るだけの社会的基盤がまだあることを家族の人が知っているからです。ファシズムが死んでいないということを知っているからです。同時に今日の新聞はA級の容疑者が十九名釈放されたと伝えています。そして写真が出ました。あの写真を御覧になった皆さんは、ここにいらっしゃる方々は若い方が多いから、直接自分の体の上にお感じになっていないかもしれません。だけれども私はあの人達が何をしたかということをこの私の体の上に知っています。なぜかといえば、たとえば安倍源基という人は、日本の治安維持法による特高警察というものがつくられ、言論や出版の自由をすべて人民から奪って、十何年かの間戦争を遂行して参りましたその治安維持法改悪のたびに立身してきた人間です。安倍源基という人ははじめ警視庁の特高課長であり、その次は警視総監になり、次は内務大臣になって、それから企画院に入った人です。その間に日本の私達人民の自由と文化とは、どういう目にあったでしょう。小林多喜二を殺したのは安倍源基とその配下です。岩田義道を殺したのも野呂栄太郎をころしてしまったのも安倍源基です。治安維持法が改悪されて日本の民主的なすべての理性、合理的な平和を愛するすべての人の心を踏みにじってしまったのは治安維持法の仕事でその実行者である検事局、憲兵のために働いた安倍源基を筆頭とするその部下です。ですから安倍源基の出世物語というものは一頁ごとに人民の血に赤く塗られています。治安維持法のギセイ数万人、共産党の内に入りこませたスパイ組織の功績によって彼は勲章を貰い、企画院総裁になったのです。そういう人が果して、人道的に、道義的に云って無罪でしょうか。私たちがあの人たちをここに立たせて、おじぎをすることが出来るでしょうか。裁判では、法律的な範囲内では無罪として釈放されました。皆さんは公務員法を御承知です。それからいろいろの新聞の記事の扱いにあま下りもあって決して自由でないことも知っていらっしゃる。出版が自由でないことも知っていらっしゃいます。そういう時に、選挙を前にして、私どもが既成政党の政治の腐敗を心から嫌って、新しい人生を明日につくりたいと思っている時に、こういう人民抑圧によって出世した人物、スパイ陣の組織者、治安維持法の残酷な使用法を実行した人が無罪として現れてきたこの意味はどこにあるでしょうか。それは明瞭だと思うのです。こ
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