想と思索方法とが全く動脈硬化的な抽象論を一歩も出ていない」という翻訳者として意見を表明しておられる。
『改造』では、更に猪俣津南雄氏の「トロツキーの『裏切られた革命』」という一文をのせている。猪俣氏の平明な健康な常識は、ソ連における政治経済事情の歴史的推移の過程の要所にふれつつ、トロツキィーが「もしその間の事情を『科学的に評論』することが出来たならば、恐らく彼はこの『裏切られた革命』を書きはしなかったであろう。『革命』は彼自身によって『裏切られた』ことを認めねばならないからである」云々と、この一本が、今日の如何なる国際事情のもとにいかなる役割を負うて登場して来ているかという客観的意義を解剖していられるのである。トロツキーのこの著作の翻訳がいかなる傾向の日本の現状によってかく大々的に扱われるのであるかということを、歴史的展望に立って鋭く洞察しなければ、新聞代まで高くなったほど紙の騰貴した折柄、悪意を満載した紙屑がしかく普及されることの矛盾が私たちには諒解され得ないだろうと思う。

        春夫の狗肉

 昨今、ジャーナリズムに反映している面だけを見てもソヴェト同盟に関する興味というものは実に異常なたかまりを見せている。八月号の諸雑誌を一とおり見渡しただけでもそこには幾つかのソ同盟探求の座談会記事があり、出席者の顔ぶれは軍事関係者が多い。秦新聞班長などの活動はなかなか旺《さかん》なのである。
 この間ソ同盟の飛行機が北極を通過して一気に一万六百キロ翔《と》んでカリフォルニアのサンジャシント飛行場へ着陸し、六十二時間九分で、北極経由モスクワ・北米間の「スターリン空路」を確立したことがあった。報道映画の世界的傑作の一つとして、シュミット博士一行の「チェレシュキン号の最後」の新鮮な感動や人間的活動の美しさを記憶している夥しい人々は、ここにも自然に対して知慧ふかく順応しつつその条件を人間生活の豊富化のために積極的にとらえて行く活力の詩を感じたことであったろうと思う。
 ところがあの新聞記事を読んで、こんな成功は嘘だ、と云った人の話をきいた。そう云った人はロシア語で飯をくっている男である。所謂《いわゆる》ロシア通の一人なのであろうが、こんなのは又例の宣伝だ、と云うので、傍のものがびっくりして、しかしこれはアメリカ側の公式発表ですよと注意したら、いや、それだってとにかく嘘だ
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