的要求と目的とによって、厳しくふるいわけられた。
 ソヴェト同盟をのぞく世界じゅうのプロレタリア大衆は、めいめい本国、植民地の職場で、賃銀引下げ、労働強化に反対し、ストライキし、ダラ幹征伐を行わなければならないでいる。それだのに、その小説で職場の革命的反対派を描かないようなダラ幹派プロレタリア文学を、彼らはどうして自分たちのプロレタリア文学と認められるか。
「文戦」の最後的分裂を報告したのち、ブルジョア新聞は「この分裂の結果、左翼文学の指導権は完全に最左翼たるナップに移ってしまった訳だ」と書いている。
 これは、だが、次のようにいい直されなければならない。一九二九年来プロレタリア解放運動における革命的プロレタリアートの役割、実力、指導権が、ひどい白色テロに抗して強化されつつある。その革命的大衆によって、「ナップ」は実践によって唯一の彼らの階級的芸術団体と認められたのだ、と。
 これは、五ヵ年計画がはじまってから、ソヴェト同盟の文学運動が、どんな変りかたをしたか、それを見てもよくわかる。
 一九二九年に五ヵ年計画が着手された。ソヴェト一億数千万の勤労者の日常生活は、その熱情、努力、困難、更に一層高められて来た階級意識とともに、すっかり変った。
 これまでのソヴェト文学は、もう一遍大衆に、きびしく見なおされた。
 同伴者《パプツチキ》の作家は、彼らのしゃれた装釘の本で何を書いているか?
 構成派の作家たちは、ハイカラで気取った文章で、何をいおうとしているか。そして、それは、社会主義社会への達成に、汗と血を惜しまぬソヴェト・プロレタリアートのためにどんな価値をもっているか?
 同伴者《パプツチキ》に比べて、はじめ技術が不足していたロシア・プロレタリア作家同盟(ラップ)は、習得した技術と正しい階級的任務の自覚によって、一九三〇年には、大衆の支持のもとに、ソヴェト同盟の芸術運動における指導権を確立した。
 プロレタリア・農民はリアリストである。日本では、日本の情勢に応じて、彼ら大衆の清掃力を芸術活動の上へ働きかけた。それが、プロレタリア芸術戦線の統一強化として今度の「文戦」の歴史的任務の終結、「ナップ」へのより拡大された左翼作家の組織化という事実になって現れたのだ。
 ところで、「ナップ」――全日本無産者芸術団体協議会は、四月下旬からつぎつぎに各同盟の大会をもった。
 五月二十四日には日本プロレタリア作家同盟第三回全国大会が、築地小劇場で行われた。
 ちょうど、赤字穴埋め策として立てた政府の官吏減俸案に反対し全国的官吏の未曾有の示威が行われている最中である。
「文戦」の分裂があってから十数日だ。
 日本の社会一般は歴史的意味を帯びた情勢だった。しかも、この第三回大会は自身独特の歴史的使命をもっていた。
 ほかでもない。
 間接には、「文戦」内左翼作家の発展的前進、「文戦」からの分離の動因ともなったハリコフ会議、一九三〇年十一月に、ウクライナ共和国首府ハリコフで行われた国際革命[#「革命」に×傍点、伏字を起こした文字]文学書記局第二回世界大会の日本のプロレタリア文学運動に関する決議が、この大会で一九三一年度の「ナップ」活動方針に具体的に討議されるはずだった。
 日本プロレタリア芸術運動が、国際組織に加盟するために必要な、いろいろな問題が大衆討議されるべき、画史的意味があったのだ。
 いよいよ五月二十四日になった。
 日曜日だ。
「全線」「吼えろ、支那!」などが演ぜられプロレタリア大衆の熱烈な支持をうけた小劇場の舞台が、今日の日本プロレタリア作家同盟第三回全国大会の大事な演壇である。
 飾りっけない後の灰色の壁に、赤い「ナップ」旗が張られている。
  ┌──────────────────────┐
  │日本プロレタリア作家同盟第三回全国大会万歳!│
  └──────────────────────┘
 赤いプラカートだ。
 右手の粗末な数列の床几に、ドタ靴の委員たちがゾロリとかけ、新しい木や古い木をブッつけた台の上へ議長がのっている。
  ┌────────────────────┐
  │文学運動の基礎を全国の工場へ! 農村へ!│
  └────────────────────┘
 大書した、一九三一年の「ナップ」指導的スローガンがみんなの頭の上からさがっている。
 六十五人の同盟員と三百人近い傍聴者とは、ギッシリ観客席を埋め、手に手に二十八頁の議事録をひろげている。
 徳永直が、例の二つの黒い鼻の穴で階級を嗅ぎ分けるというような恰好で、熱心に委員橋本英吉の報告をきいている。「肩を聳した」小林多喜二がいる。煙草にむせて苦しそうに背中を丸めて咳きながら、黒島伝治が議事録に何か細かく書きこんでいる。男の子を膝の上に抱いて、その子の頬っぺ
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