ヴォドピヤーノフが、ナンセン、アムンゼン、ピーリ等が北極に於てとげた功績を詳細に研究して、極北に学術探検隊の営所を創設すること、飛行機の助けをかりて創設しようという、「単純で現実的でありながら幻想的で雄大な空想《ゆめ》」を抱いているとき、シュミット博士から、北極探検隊の航空方面の予定を作るようにと云いわたされて、彼が書いた報告書の性質である。「北極飛行」の筆者は語っている。「これらの人々と倶に(というのは、アムンゼンやナンセン、ピーリ等)私は、幾十回となく危機に遭遇し、その度に全精力を緊張さして困難な状態からの救いを求め、徐々に経験を蓄積して行き、誤謬の中に真実を学び取ったのだ。私は何時間も何時間も極地飛行のデテールを、微に入り細を穿って熟慮した。世界の屋根に立っている自分を、ほとんど現《うつつ》のものに見たのである。これら凡てのことをお役所式の言葉で語りつくせるだろうか。三枚や四枚の報告書に、どうして自分の疑惑や亢奮や不安がのこりなく書き尽せよう? 否、自分には出来ない! 私はさながら熱病につかれたようにペンをとりあげ紙に向った。」そして、ヴォドピヤーノフは、極地飛行を空想の中で百千回体験したとき、白熱した想像が描き出してくれた通りに、飛行準備の有様を細大洩さず描写した。更に彼は、そういう自然力と科学の力との間にある可能を現実とするために決定的な大きい作用をもたらす人間の種類をも計画し、二組の探検隊を想定して、一方はベスファミーリヌイという訓練の出来た、控え目な、自信から発する落つきのある男、一方は甚しく熱し易い、レコード樹立に懸命なタイプのブリノフという男と、それぞれに指導させてみる。後者は、極地着陸のトップを切ろうと焦って、機体の検査をしなかったので、遭難してしまう。「俺はブリノフでなく、ベスファミーリヌイにならなくちゃならない」そう思いながらヴォドピヤーノフは、書きつづけて、北極征服の空想小説「操縦士の空想」をかき上げた。彼はそれをシュミット博士のところへもって行って、こう云った。「この原稿をよんで見て下さい。これが本質的に、北極探検の飛行方面の予定案です。官僚的な文書なんか私にはかけません」
それから一ヵ月経った或る日、彼はシュミット博士からよばれた。そして、ヴォドピヤーノフのすべての案が政府に承認されたことを伝えられる。そのときシュミット博士は「君の原
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