波と初めてそういういきさつに立ったところを、「次の夜彼等はお互の愛を誓い合った」という一行でだけかいて避けているところも、印象にのこる。それまでの筆致の自然な勢と傾向とを、そこでは体を堅くして踏んばってそれだけにとどめているところ、そして、愛を誓いあった、という表現が何か全体の雰囲気からよそよそしく浮いているところ、それは逆に作者がそのような相愛の情景を、愛の濤としては描けない自身の感覚にあったことを思わせる。描けないものとしてわきまえる常識とその常識の故に間崎のエロティシズムも、「痴人の愛」の芸術的陶酔として白光灼々とまでは燃焼しきらないものとなっていることもわかる。
この一篇の長篇の終りは、遁走の曲で結ばれている。さまざまに向きをかえ周囲を描いていじって来た江波から、作者はついに常識人である間崎とともに橋本先生につかまって逃げ去っているのであるが、ともかくあれだけの小説のボリュームを、作者が、主人公を東京へ逃がすことでしめくくっているのを、非常に面白く思った。小説としてはそれで何にもしめくくりになっていないわけだのに、困った作者は、一応間崎を橋本先生と東京へ落してやって、一息をつ
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