ったの?」
「そういうわけでもなかった。――どうせ来たんだからと思っただけさ」
ひろ子は、洗いものはあとまわしにして、昼間自分の心に湧いた躊躇について説明した。
「仕事のことが、その点ではっきりわかれば、わたしは勿論いやというわけはないんです」
「そんなことは、ひろ子自身の仕事ぶりで、何が一番適当したことか客観的に証明してゆけばいいんだ」
「そういう風にやって行っていいなら、ほんとに、うれしいわ」
「だってそれが当然だろう」
「そうだと思うわ。でもね、それが当然だと思われているときいたら、どんなにいろんな人がよろこぶかわからないと思ってよ――何となしに心配していると思うわ。場ちがいのことで、自分の専門が、分らないようになるんじゃないかと心配している人が少くないんだと思うんです……」
重吉は、自身が文学の仕事から政治の分野に移って行った時代の、非合法の激しい日々を深く思いかえす風だった。
「もとの弾圧や苦労がひどすぎたから、今でもまだおじけづいているところもあるんだね」
「その点だけを一方的に誇張して知ったかぶりをするのが見識だと思っている妙な連中もあるし……治安維持法というものがな
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