ょう」
「そりゃそうだ」
「わたしなんか寂しいということさえよくわからなかったぐらいだったわ」
 ひろ子の眼の裡を深く眺めて、やがて重吉が何か云おうとしたとき、
「やあ、どうも大変失礼しました」
 眉根の太い、小柄な吉岡が戻って来た。
「ここで養成された看護婦さんの巣立ちだもんだから、どうも手間どって」
 実験用テーブルの上の、つつましいピクニックのあとを見まわした。
「いもはどうでした。案外うまかったでしょう?」
「あまくて珍しかったですよ」
「そりゃよかった、あれは我々の農園産ですよ、職員がみんなで作ったんです」
 戦争が進んで、研究所員の生活不安がつのって来たとき、研究を継続するためにも吉岡たちが先頭にたって、広大な敷地のなかに農園をはじめたのであった。
「――よかったら拝見しましょうか」
「ええ」
 重吉は椅子から立ち上った。そして、すぐその場で背広の上着をぬいでしまった。
「診察はあっちなんじゃないのかしら――」
「ええ。レントゲンがあっちだから……」
「別の部屋へいらっしゃるのよ。――どうなさる?」
 ひろ子は重吉を見あげた。
「わたしも行きましょうか」
「いいよ、いいよ」
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