間には良人のことは何でもよろこんでする細君もあるんだろうが。――自分のことを自分でするのはあたり前なんだから、もうすっかり自分でする――監獄じゃそうしてやって来たんだ」
 ひろ子は、思わず重吉の両肩をつかまえた。
「変よ、監獄じゃ、なんて! それは変よ!」
 涙をあふらしながら、ひろ子は恐怖をもって感じた。どういう複雑な動機からか、ともかく重吉は、ひろ子が想像出来るよりも遙かに深い幻滅のようなものを、二人の生活について感じたのだ、ということを。ひろ子は絶望感からそのまま立っていられなくなった。前の畳へ崩れこんで重吉の膝の上に頭を落した。
「考えて頂戴。あなたのことはあなたがなさい、というような心持で、どうして十何年が、やって来られたのよ」
 ひろ子がそんな石のような女で、身のまわりのことにも今後一切手をかりまいと思いきめたなら、その重吉にとって、ひろ子の示す愛着は、どんな真実の意味があり得よう。二人の自然な愛情はなくて、重吉が決して惑溺《わくでき》することのない女の寧ろ主我刻薄な甘えと、ひろ子がそれについて自卑ばかりを感じるような欲情があるというのだろうか。
「あんまり平凡すぎる!」

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