く唇をかんだ。口許を力ませるような表情で、濃い睫毛を伏せ、針を運んでいる重吉のうしろに、ひろ子はまざまざと牢獄の高い小さい窓を見た。そこに鉄格子がはまっていて、雲しか見えず、オホーツク海をわたって吹く風の音しかきこえない高窓を見た。その下に体の大きい重吉がはげた赭土色《あかつちいろ》の獄衣を着て、いがぐり頭で、終日そうやって縫っている。重吉の生きている精神にかけかまいなく、それが規則だからと、朝ごとに彼に向ってぶちこまれるボロ。どんな物音も立たない、機械的な、それだから無限につづいてゆく、惨酷さ。まるで、感傷がなく、ユーモアをもって縫っている重吉が、最後の糸どめをするのをひろ子は待ちかねた。そして、
「見せて」
手にとりあげて、それを見た。針めがそろっている。ひとつびとつは不器用な針目だが、それは律気にそろっている。そろった針目は、ひろ子の目に、重吉が坐らされていた板じきの上の薄べりの目とも映った。
「うまいだろう?」
「うますぎるわ、でもね、わたしはもう一生あなたには針はもって頂きたくないわ」
ひろ子は立って行って硯箱《すずりばこ》をもって来た。
「これはこうしておくの」
その
前へ
次へ
全92ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング