命じた。

        二

 秋の夕暮のかすかな靄《もや》が立ちのぼりはじめた雑木林の間の小径《こみち》を、重吉とひろ子とは駅まで歩いた。どっちからともなく手をつなぎあって、ゆっくりと歩いた。
「お疲れにならない?」
「そうでもないよ」
「来てよかったわねえ」
「見当がついたからね」
 乗りものの様子がわからなかったりするからばかりでなく、ひろ子は重吉が帰ってから、出かけるときは大抵一緒に出た。研究所へ来る郊外電車は、時間のせいか思ったよりすいていて重吉は吊革につかまりながら窓外を駛《はし》りすぎる森や畑の景色を飽きずにじっと眺めていた。何の拘束もうけず、どこへでも歩き、そうして田舎の景色の間を進み、ひろ子もついてそこに来ている。このあたりまえさが、自分たちにとってあたりまえなことになったという異常なめずらしさ。来る電車の中で、ひろびろとした田野の眺望の間を駛りながら、この感じがつよく重吉の胸に湧いたらしかった。重吉は、あたりにのり合わせている人々の視線を心づかないように並んで立っていたひろ子の肩に手をおいた。そして低い声で、
「あるくのも、一緒でいいねえ」
と云った。ひろ子は、
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