今日軍需景気で絵画の偽作が横行する。それも主として日本画の贋物が多いということ、東京郊外の畑や藪が分譲となっておどろくばかりの売れ行を示しているということ。市内のデパートで百円以上の反物が飾窓に出されて数時間のうちに売れてしまうということ、角力と芝居と花柳界の繁昌は未曾有であるが、歌舞伎座で来週は何がかかるかと訊く観客が出現しているということ。然し現代風俗として見るとき、これらの現象はこれだけで切り離せぬもので、百円迄のボーナスも一割は公債で。オール・スフ。眼鏡のつるに到る金の申告。体位向上徒歩奨励、幼児保健の問題、戦没者の母子寮の設立などと全く背までくっついていて離れられない双生児の歩む姿である。
風俗の心理というものは、このどちらかの一方にだけ範囲を限ってそれぞれのものがあるのではなくて、日常生活における二つの面の錯綜、二つの波頭がうち当って飛沫をあげるところに生じるのであり、その飛沫も天へは消えず自然下へおちなければならないところに文化上の種々雑多な問題、例えば谷崎潤一郎訳の「源氏物語」が何故今日のような売れゆきを見せ、売られるためには読者へ格別の説明なく原典の一部が削除されるかという現実の風俗一端がうかがわれる。小説が大変に売れる。それだのに何故、その売れる作品の大部分に対して、芸術上、人間良心上の深い疑問が世人によって盛んに投げられているのが今日の風俗なのであろう。自身の風俗の支離滅裂さにおどろく現代風俗の感受性というものに、尽きない興味と教訓と成長の可能とを覚えているのは、あながち私一人ではあるまいと思う。[#地付き]〔一九三九年五月〕
底本:「宮本百合子全集 第十一巻」新日本出版社
1980(昭和55)年1月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
親本:「宮本百合子全集 第七巻」河出書房
1951(昭和26)年7月発行
初出:「三田新聞」
1939(昭和14)年5月25日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年2月17日作成
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