ると思っていたのである。
 けれども、その年の末、豊の借金のために七頭も土産馬《どさんば》を手放さなければならなくなったときは、さすがのイレンカトムも、心を痛めずにはいられなかった。が、彼は、
「ええ加減に止めるべし、な、豊坊。俺あ困るで……」
と云っただけであった。

        三

 近所の者は皆、年寄《エカシ》は偉い者を背負い込んだものだと云う。悪魔《ニツネカムイ》に取っつかれたように仕様むねえ若者《ウペンクル》だと云う者もある。
 完く、豊が、賞むべき若者でないことは、イレンカトムも知っている。仕様むねえとも思うし、困った者だとも思う。が、彼にはどうしてもそれ以上思えないのである。
 いくらなんと云われても、何をしても可愛いには毫《ごう》も変りがない。どこがどう可愛いのかは分らないが、十人が十人口を揃えて悪く云うときでも、俺だけは余計に可愛いような心持がして来る。
 真実血統があるでもない、この「やくざな若者」が、どうしてあんなにも可愛いかと云うことが、傍《はた》の者の一不思議であるとともに、イレンカトム自身にとっても、確かに一つの神秘であった。
 ときどき、彼は自分と豊との間に繋《つなが》っている、不思議な因縁を考えずにはいられない。
 心配と損失ばかりに報われながら、それでも消すことの出来ない、不思議な愛情に就て、思案せずにはいられない。
 何してこげえに、豊坊が可愛《めん》げえか……?
 彼は考え始める。
 けれども、彼の思索は決して理論的なものでもなければ、科学的なものでもない。祖先からの遺物であるファンタスティックな空想が、豊と自分とを二つの中心にして、驚くべき力で活動し始めるのである。
 豊という名を思う毎に、イレンカトムの心にはきっと、もう一つの名が浮んで来る。それは早く没《な》くなった妻のペケレマット(照り輝く女という意味)である。死ぬときまで、子供のないことを歎きながら死んだペケレマット……彼は何だか彼女と豊との間には、きっと何か自分の力で知ることの出来ない関係があるように思われて来る。
 若しかすると、豊は彼女から生れるはずであったのを早く死んだばかりで、他の女の腹を借りて自分の処へ来るように成ったのではあるまいか。
 彼にはどうしても、ペケレマットの臨終の願望によって、豊は自分に来たらしく思われる。そして、生きている自分と、霊に成ったペケレマットとの愛情が、ただ彼の上にのみ注ぎ合って、豊はあんなに美くしく生れ出た。逞《たくま》しい子孫を与えるために、神様が下すった者ではあるまいか、きっとそうに違いない。
 が、そうして見ると、神様は何故あんな道楽者になすったか?
 イレンカトムも、これには困ってしまう。けれども、神の仕事をいつも邪魔するニツネカムイ――悪魔がいたずらをどうしてしないと云えるだろう。
 何にしろ、神が天地を創るときにさえ、太陽を呑んで邪魔しようとしたほどの悪魔だもの、自分に来る子が、余り美くしく、余り立派なのを見て妬まないことがあろう?
 そして、考えれば考えるほど可愛い者は、豊だ、ということに落付くのである。
 こうして見ると、彼の豊に対する愛情は、亡き妻に対し、見えない神に対し、また豊の陰にいれこになっている未見の子孫達に対する愛情とすっかり混り合っているのである。
 自分の不幸な部分は皆悪魔のせいにして、諦めて行こうとする心持も入っている。が、彼はここまでは考えて来ない。万事を、神《カムイ》と悪魔《ニツネカムイ》との間に纏めるのである。
 こういう心持を持っているイレンカトムは、豊に就て、真面目に苦しみ、案じている、その苦痛、その愛情を謡わずにはいられない心持をも、また持っていた。
 唯《た》った一人で、広い耕地に働いているようなとき……。
 四辺《あたり》には、何の音もしない。ヒッソリとしたうちに、サクッサクッと土を掘り返す音、微かに泥の崩れる音、鍬の調子に連れて出る息の音等が、動くに従って彼の体の囲りに小さく響くばかりである。
 静かなもんじゃなあ、と彼は思う。
 そして、何とはなし、物懐かしいような心持になって首をあげ、あちらこちらを見廻しながら額を拭く。
 拭きながら見上げると、高い高い空は、ちょうど真中頃に飾物のように美くしい太陽《チュプ》[#「プ」は小書き半濁点付き片仮名フ、1−6−88]を転しながら、まるで瑠璃《るり》色の硝子《ビンドロ》のように澄んでいる。眼をシパシパさせながら、なお見ると、ようやく眼の届くような処に鳶《とんび》が三羽飛んでいる。
 紙か何かで拵えた玩具《おもちゃ》の鳶を、天の奥に住んでいる神様の子供が振り廻してでもいるように、クールリクルリと舞っている。
 際どい処で擦違ったり、追い越したりしながら、円《まあ》るくまあるく飛んでいる。
 上ったり……下ったり……右へ行ったり……左へ行ったり……
 面白いものだなあと思っているうちに、二つの瞳から入った律動が、だんだんと彼の胸を、想いを揺り動かして来る。
 そして、知らないうちに囁きは呟《つぶやき》になり、呟は謡となってイレンカトムの唇には、燃え出した霊の華が、絢爛《けんらん》と咲き始めるのである。
 抑えられない感興の波に乗り、眼を瞑り手を拍って我も人もなく大気の下に謡うとき、イレンカトムよ! 卿の額は何という光りで輝き渡る事だろう。
 彼は、その[#「その」に傍点]太陽を謡う。その[#「その」に傍点]蒼空を讃美する。
 この蒼穹《そうきゅう》のように麗わしく、雲のように巧な繍手であったペケレマットよ!
 今巣立ちした、鳥の王なる若鷹のように雄々しい我が息子よ!
 我が父も、そのまた父も耕したこの地に立って、お前方に呼び掛ける、この年老いた父の言葉を、
 我妻よ! 我子よ! どうぞ聞いてくれ!
 母音の多い一言一言が、短かい綴りとなって古風な旋律のままにはるばると謡い出されるとき、彼というものは、その華麗な古語のうちに溶け込んでしまうのが常であった。
 彼は野へ行っても、山へ行っても、興さえ湧けば処かまわず謡い出す。
 悲しいとき、嬉しいとき、昔の思出の堪え難いとき、彼はただ謡うことだけを知っていたのである。
 こうして春と夏とが過ぎて行った。

        四

 秋になると、暫くの間顔も見せなかった豊が、フラリとやって来て、東京へ行って商売をしたいから、金を呉れと、云い出した。
「何? どこさ行《え》ぐ? どこさ行くだ?」
と、幾度も、幾度も訊きなおして、東京ということが自分の空耳でないのを知ると、イレンカトムは、ほんとにまごついてしまった。
 あんなに遠い所、あんなに可恐《おかね》え処、もう生きては戻るまいというようなことを一時に思いながら、彼は、息を殺したような声で、
「豊坊、お前《めえ》、東京たあ如何《あじょ》な処だか知ってるかあ」
と、息子の顔を覗いた。
「如何《あじょ》な処って、お父《と》。東京だって人間の住《し》んでる処さな」
「戯談《おどけ》るでねえ!」
 そう云った限《き》り、イレンカトムは黙り込んでしまった。
 胡坐《あぐら》を掻いた細い両脛の間に、体全体を落したように力のない様子をして、枝切れで燻《くすぶ》る炉を折々|弄《いじく》っていた彼は、やや暫く経つと、フイと俯《うつむ》いていた首を上げて、
「やめるべし、な豊」
と云った。
 肱枕《ひじまくら》で寝転びながら、プカプカ煙草を烟《ふか》していた豊は、思わず吐きかけの煙を止めて父親の顔を見たほど、それほどイレンカトムの声は哀っぽかった。まるで半分泣いているような調子である。これには、さすがの豊もちょっと、哀を催したような眼付きをしたが、一つ身動きをすると、もうすっかりそんな陰気な心持を振り落して、前よりも一層陽気な、我儘な言調で、
「俺ら、止めねえよ。もうきめたむん!」
と云い放した。
「東京さ行って、何仕《あにし》るだ?」
「商売《しょうべえ》よ」
「商売《しょうべえ》だて、数多あるむん、何仕《あにし》るだ?」
「俺ら、知らねえよ。出来るものう仕《し》るだろうさ! 何《あに》しろ俺あ行ぐときめただから」
「……」
「……」
「俺あ、金あねえ」
「無えっことあるもんで、お父《と》。僅《ちっ》とばっかし大豆なんか生《お》やしとくよら、この周囲《ぐるわ》の畑|売《う》っ払《ぱら》ったら、好《え》えでねえけえ、
無えなんてこと、あるもんで!」
 豊は、炉の中に自暴《やけ》のように唾をはいた。
「売っ払うだてお父《と》のこったむん、また、父親《ミチ》にすまねすまねで、オ、アラ、エホッ、コバン、だから(心底《しんそこ》から売りたくない)俺あ売ってくれべえ。
ふんだら、祖父《エカシ》だてお父《と》を引叱らしねえ。
な、よろしと、そうすべえと!」
 息子の大胆な宣言に、動顛したイレンカトムが可いとも悪いとも云う間をあらせず、豊は外へ飛び出した。
 口ばかりでなく、彼はもうほんとに今、父親の手で耕している家の周囲、二町半ばかりの畑地を売る決心をしてしまっていた。
 彼はもう三月も前から、その畑を売れば八九百円の金は黙っていても入るから、それを持って或る女と一緒にT港に行って、暮してやろうという目算を立てていたのである。
 東京へ行くつもりでも何でもない。けれども、それだけの畑地を、握ってはなさない親父の手から※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80、389−12]《も》ぎ取る理由に、僅かの強味を加えるために、ただちょっと距離を遠くしたというだけのことなのである。
 豊の心持で見れば、T港へ行った処で、どうせ永いことそこで辛棒して身を堅めようというのでもない。
 もうかなり永い間同じ狭苦しい町で、同じような人間の顔ばかり見て、同じような道楽をして見たところで始まらない。
 処が変れば、また違った面白い目にも会うだろう。
 彼の行こうとする第一の動機はただこれ一つなのである。けれども、彼の心持は、単純にそれだけのことを遂行したのでは満足出来ない。
 自分の大掛りな快楽を裏付けする何等かの苦痛、何等かの犠牲が捧げられなければ、気がすまない。
 気の小さい仲間の者達の、羨望や嫉妬の真只中を、泣き付く父親を片手で振り払い、振り払い、片手に女を引立てて、畑地と引換えに引っ攫《さら》って来た金を鳴らしながら、悠然と闊歩してこそ、彼の生甲斐はある。
 詰り、彼がイレンカトムの処へ行ったのは、相談ではない。宣告を下しに行ったようなものなのである。彼は、毎日愉快な美くしい顔をして、鼻歌を歌いながら、土地の買いてを探していた。
 それは勿論、イレンカトムの持っている土地全部から見れば、二町の畑はそんなに大した部分ではない。
 彼はもう年も取って、自分で耕作することはむしろ苦痛なのだから、人に貸すことなら、承知もしただろう。
 けれども永久に手離してしまうことは堪らなかった。地の中から生え抜きになっている彼は、何よりも「地」が大切である。が仕方がない。「可愛《めんご》い豊」のためになら、彼はそれも忍んだろう。しかし! 彼が東京等へ行くことだけは、そりゃあ決してならぬ! 決してならぬ!
 自分は、もうこんなに年を取っている。いつ死ぬか解らない。その死目にでも会えないで、彼に譲るべき物を、あらいざらい、どこの馬の骨だか解らない和人《シサム》[#「ム」は小書き片仮名ム、1−6−89]達にごちゃまかされたら、一体どう仕様というのだ。東京へだけは行ってくれるな!
 豊が、こんなにして、生きているうちから、彼の土地を売ろうと云っているにも拘らず、自分が死ぬとき、彼に財産の譲れないことを恐れているのである。
 自分が死ぬとき、財産を譲れないことになりはしまいかという心配に到達すると、イレンカトムの頭は、豊の性格を考えているだけの余裕はない。
 彼がどんなに、無雑作な陽気な顔付で、有り限りの土地を売り払うかということは考えない。豊の心にとって、年中黙りこくり、真黒けで世話を焼かなければ薯《いも》一つ出さないような地面より、金色や銀色にピカピカ
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