説一冊ヲ受ク」
「十日、金曜日にP・M9・25熱海発宮の下富士屋ホテル行一泊ス。」この日には鉛筆で書かれ大きい別な字で、
  ┌──────┐┌───┐
  │血尿 3回 ││宮の下│[#「3回」「宮の下」は縦中横]
  └──────┘└───┘
と特記しています。
 熱海ホテルでは暖房の工合がわるくて落付かないと云って、妹をつれ、宮の下へ行ったのだそうでした。翌十一日には、朝昼二回血尿とあり。父は自分の体の異和を益々感じたと見え「A・M・9発(箱根宮の下八時半立)汽車ニテ直接慶応病院ヘ入院ス」と、やはり鉛筆で記入しています。例の調子で「二階い十」と別にかこって書いています。
  ┌──┐
  │KO│
  └──┘
などともある。十二日から二十七日まで毎日注射をうけたこと、十四日にレントゲン写真腎臓結石とわかったこと、十八日には入浴を許可されたこと、二十一日に「A1連中ヨリ夕食ニスープ及ジェリーヲ贈ラル。礼状出ス」家族にわたした金の額などまで書かれています。二十七日には私に判読出来かねる乱れた筆蹟で短い英語がかかれているだけです。
 或る別の手帳をあけて見たら、何かに打ち興じた折、誰かから教わったのでしょう、支那音と註して中條《チョンテアン》精一郎《チンエラン》と片仮名のルビを丁寧につけたのがありました。
[#地付き]〔一九三七年一月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「中條精一郎」(追悼録)、国民美術協会
   1937(昭和12)年1月発行
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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