きいてひろ子が歩いて来た往還には、時々バスが通っていた。狭い一本道路を、田舎のバスらしい権威で驀進《ばくしん》するから、重吉の家の店のガラス戸も、前の沢田という家の四枚のガラスも、泥はね[#「はね」に傍点]だらけであった。低いトタンの軒すれすれに日に何度かバスは往来した。
やがて直次が入営し、現役からかえり、更に召集されて北支にやられた。日本中で、千人針が縫われ、駅々街々で紙の小旗がふられていた。その留守に重吉の父は歿した。大正九年経済恐慌のとき破産した重吉の一家は、その頃ようよう負債整理がついて自分たちの家だけとり戻したのであった。
進三の入営の番が来た。兄の重吉と弟の進三のいない家へ、三年目に直次が還って来て、母の見つけた嫁のつや子と婚礼をした。
中国や満州に侵略していた日本の戦争は、その時分ますます拡大し、生活は著しく変化しはじめた。統制によって、商売は非常にむずかしくなった。大きい川に沿って、低い峠や林、田圃《たんぼ》などを間にはさみながらとびとびにつらなって上《かみ》、下《しも》にわけて呼ばれているその町と、さらに二里ほど行って海岸に面した田原とが、合併されて市になった
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