がかけていた。となりには、東北のどこかの大きい軍需会社が解散して、東京へ還る途中らしい国防服だが、重役風の男がいる。ひろ子の真前にいるのも陸軍の古参将校で、制服の襟章がはぎとられている。
 騒動がしずまって見渡した車室は、網棚から通路から座席の間まで詰めに詰めた大荷物で、乗っているのは男ばかりであった。何かの角度で、軍と関係があったと見える風体の男ばかりであった。女と云えば、ひろ子のほかには子供づれの細君が一人乗り合わしているきりである。
 東北の自然の間を、列車は東京に向って進行した。時々、迷彩代りに、車体へ泥をぬたくったままの列車とすれ違った。復員兵と解除になった徴用工とを満載した有蓋貨車、無蓋貨車とすれ違いながら那須の荒野にかかった。
 線路のすぐそばから灌木の茂みが乱暴にきり開かれて、木の色の生新しいバラック風の大建物が、幾棟も、幾棟も、林の方へ連っている。それらはいま無意味そのもののように、愚劣そのもののように、がらんとして九月の西日に照らされている。
「これだけだって、ちっとやそっとの無駄じゃない」
 ひろ子の向い側の中老人が呟いた。
「うけ負った奴は、さぞふんだくったんだ
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