、紙片を出して問答している。
車掌は紙片をとり上げて、前進した。この間に、さっき後部で開始された悶着の相手が車掌に追いついて来た。
「おい、車掌さん。そんなへちがてえことを云ったって、一文だってお前の得になる訳じゃあるめえし、いいだろう? たのむぜ」
国防服の前ボタンをすっかりあけはだけて、シャツの胸を見せている巻ゲートルは、狎《な》れ狎《な》れしい大声を出した。
「おい、車掌」
車掌は、背中に平手うちでもくらったように素早く振り向いた。
「車掌、とは何です! はじめっから私の損得で云っているんじゃありません。鉄道省の規則がそうだから、その規則通りにしなければならないんです」
「いいじゃねえか。どうせこんな滅茶苦茶な世の中になっちまって、今更二等も、へったくれもあるもんか」
「こんな世の中になったから、なお更キチンとしなけりゃならないんです。勅語は何のために出たんです!」
ひろ子は、乗り合わせたこの列車が、ただの列車でなかったことを知った。これは明らかに一種の潰走列車である。
斜隣りの海軍士官がどこかへ立って行って帰って暫くすると、再び車掌が入って来た。荷物をまたぎまたぎ来て
前へ
次へ
全220ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング