新しい故障、新しい道づれ。それらは、ひろ子の精神を、当面の必要のために落付かせ、ひきしめた。一つ一つ、こういう段どりを重ねて、東京。そして重吉というひろ子にとっての絶頂に達する。一つ一つ過程の曲折を、入念に力いっぱいに経てゆくこと、それこそひろ子にとって、十余年の忍耐のうち、身も心も傾けつくしてうたおうとする歓びのうたに、ふさわしい序曲の展開と感じられるのであった。
 ひろ子の一行が案内された当座しずまっていた隣室が、自然な騒々しさをとり戻した。隣室には、裏の縁側まで荷物をひろげて、朝鮮から復員した五人の兵士たちが降りこめられていた。もう一室、表側の室の復員兵たちと、ゆき来していて、なかに一人おっつぁん、おっつぁんと皆から呼ばれる、高声の慷慨家が交っていた。
 ひろ子らがつくと間もなく、割烹《かっぽう》服のかみさんが上って来た。宿帳をつけるでもなかった。
「ほんに、屋根の下にいるだけましと思っていただきます。御布団も何も疎開してしもうて、久しゅう廃業しとりますのに、皆さん、難儀なさかい、とめるだけ泊めえ、おっしゃりまして――」
 三人分の米を出しあい、かみさんはそれをもっておりて行っ
前へ 次へ
全220ページ中194ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング