きたかったのう」
 夕飯のあと、母はしみじみ述懐した。
「田原の叔父さあも、どんなによろこうでかしれんのに。直次は、兄さんが戻ったらほん大切にして暮さすのに、といつも云うちょった、のう、つや子はん」
「ほん、よう、そう云うとでありましたのう」
「ひろ子はん、あんた、こんど重吉が戻ったら、もうどこにも行かさんことでありますよ」
 云いつけるように真心こめて云った。
「ここにおいませ。何年でもここに二人でおいませ。あなたは二階で小説かいて、重吉は市役所へなりつとめりゃ退屈せんわいの。水こそつきよるが、この田舎もようありますよ」
 十余年も牢やでがんばった重吉を、今度こそ市役所へつとめさせるという考えは、云い出した母親自身さえ、笑い出すおかしみに溢れていた。そして、情愛にあふれている。
 つや子が、こういう笑声の中にも一座し、明日の弁当、途中の用意と、縫子と二人で世話をやいてくれることを、ひろ子はいじらしく思った。力相応の平穏な暮しの中でなら、こわくも、おそろしくもならない若い弱いつや子が、しばしば、体力的にも生活の重荷を感じて、何か近よりにくいひとになる。しかも、それをさけることは出来ない
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