たせるために、ひろ子はこれまで十何年もの間、どんなに数々の言葉と心づくしを重ねて来ただろう。
 今、治維法関係の思想犯は解放するという記事をよんで、ひろ子は自分にとって最後の、そしてもっとも耐えるに難い苛責がここに在ることを感じた。ポツダム宣言が受諾されたばかりのとき、ひろ子は、簡明率直な歓喜にうたれた。ふるえる思いで、このニュースをうけとった重吉の心のうちを思いやり、いつ帰れるか、いつ帰るだろう、網走へ迎えに行って、一緒に海をわたって帰って来て見たい。そう思いつめた。
 時がたち、一ヵ月もすると、第一、ポツダム宣言を実行するにしては余りいかがわしい政府が居すわりつづける事に懐疑をもちはじめた。本当に、治安維持法は廃止され得るのだろうか。いつ? どのようにして? 永年苦しめられている日本のあらゆる進歩的な人々が、同じ感じをもった。そして、渇望のあらわれた数千万の目で、前途を見守っていたのである。
 治安維持法という壁の、どこの扉があく、ということが明らかになった瞬間、ひろ子は、火焔のうちに救い出されず、のこされそうになっている我子を呼ぶ母親の気持になった。重吉は? 重吉は? みんな出て
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