者ぶりであった。写真をとるというとき、足が痺れて立ち上ったまま動けなくなった。ひろ子は、いそいでそこにあった椅子にかけさせた。写すときは、その椅子に花嫁がかけて、仲人であって同時に写真師でもある人がその裾の工合を直したりした。直次の婚礼の次第には生真面目さとともに田舎の町らしい一種のユーモアがあった。
一年後、直次に二度目の召集が来た。
その見送りにひろ子が来たとき、もう昭夫が生れていて、つや子のおかあはんが、おばあちゃんにかわっていた。話のはずみにふとつや子が、婚礼の記念写真のとき直次が動けなかったので、どうやら足が悪うなっているのではないかと思いよりました、と云って笑った。
「それどころか立派な脚があったでしょう」
ひろ子も笑ったが、つのかくしのかげに伏ったままのようにあったつや子の睫毛《まつげ》の下から、ほんの一刹那のそのことが見のがされていなかったのにおどろいた。花嫁の神経の働き工合が察しられた。
ひろ子のこころもちでみると、重吉の母は、下駄のうしろを引きずって歩くつや子に、こわばった調子でおばあちゃん、おばあちゃんと呼び立てられ、二人の孫をからませられるにふさわしい人ではなかった。ものわかりのよい姑《しゅうとめ》であろうとする登代の忍耐と努力。二人の子もちだというところから出る体の弱いつや子の落つきかた。
重吉は、どう話されたら、このような生活の細部の感情までを理解するだろうか。
窓から見ていると、治郎を紐でおんぶした母が、堤をのぼって新道へ出て行った。永年子供をおぶったりしたことのない小肥りな母の背中におんぶの形はちっともなじまず、それを見るひろ子の目を悲しませた。このこころもちを、重吉は、どう話されたら分るだろう。重吉はすべてを知らなければならない。ひろ子はそう思った。母とつや子と二人の幼い息子たちの生活のネジをまき直し、幸福をとり戻すために、重吉は必要なすべてのことを理解しなければならない。何故なら、母やつや子にいるものは、その一声によって自分たちの感情の整理までをして来た男の言葉、男のさしずである。しかし、その男がなくなったとき、女はどうしたらいいのだろう。女たちは習慣をかえなければならない。女だけでやってゆけることを学ばなければならない。しかもこの際、母とつや子が、その新しい必要を理解するために必要なさしず、言葉は重吉からしか期待され
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