ンドウのような深い遮光笠を茶の間の電燈につけていた。その息苦しい光の輪の下で食事をしたり、話したりした。
 今度来てみると、その笠に、さっぱりと器用な切り抜き模様がついて、ガンドウの裾も工夫よくつめられている。すっかり明るくなるように工夫されて、ともっている。鮎沢の夫妻は、どっちがどうと云えないほど、こういう思いつきはうまかった。手狭な家を、二人のちょっとした工夫で住心地よくして、篤子はもう何年も或る経済関係の研究所に、雄治は専門の西洋史の勉強の傍ら或る出版社に通っていた。
 電燈を明るくしてよいとなったとき、ひろ子が暮していた弟のうちでは、主人公の行雄が、おもむろに戸棚から必要な数だけ白い瀬戸の笠を出して来た。小枝がそれを拭いて、また行雄がそれをうけとってつけ代えた。遮光笠の方は、物置部屋の背負籠のわきに半ば放りこまれた。それきりであった。
 鮎沢の茶の間の笠は、そういう風には扱われてはいなかった。光をさえぎるようにこしらえられていたその笠を、夫婦で作り更えて、明るいための笠に直して使っている。
 些細なことであるけれども、最近一ヵ月余り、周囲のあらゆる事々が、外からの力で機械的に、さもなければ無意識に、ただ変えられてゆくばかりなのを見て暮していたひろ子には、鮎沢夫妻が、こう変えて行くのだ、と自分たちの方針をきめて笠一つも独創しているのが快よかった。
 八月十五日前後の東京には、田舎町にいたひろ子の知らない種々の現象が起伏し、その話もきいた。
「あの二三日で、東京中にしたらどれほどの書類をやいたんでしょう。あの風景だけは、ひろ子さんに見せておきたかったわ」
 それらの激動の日に、いたるところの歩道へ、焼け焦げた紙片が散乱した。もんぺをやめた洋装の若い女が、高い靴の踵でその紙屑の山を踏みしだいて通った。
「でも、どうなるでしょうね」
「大局的にはポツダム宣言の方向さ」
 雄治が、確信のある語調で篤子に向って云った。
「そりゃそうでしょう。うちの研究所でもね、今までがあの有様だったから、すっかり計画を立て直して、大はりきりよ。これから皆が、本当にテーマをきめてやるんですって」
 話題は重吉の弟の不幸を中心とし、やがて、又、鮎沢夫妻やひろ子自身の仕事について流れ進んだ。
 夕飯後には、近所に住んでいる二三人の友達も集って来た。
 ひろ子は、深い興味をもって友達の一人にき
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