ラス戸が鳴った。部屋の中に雨洩りがはじまった。畳におちる滴の重い柔かい音がする。ややしばらくして、階段をのぼって来る影法師を大きくうしろの壁に写しながら、かみさんが燈明皿をもって来た。そして、どの部屋へもいくらか間接の明りが行くように、廊下の本箱の上にそれをおいた。ひろ子の部屋の雨もりに、大盥がもちこまれた。
 ひろ子は、また昨夜の女客の室へ入れてもらった。同じ布団の中で自分の鼻に馴れない化粧料の匂いを感じながらうとうとしかけると、この天井からも雨がもりはじめた。
「まあ、どないしましょう! 眠られしやへんわ」
「大丈夫よ。この雨では、伴れの方、帰らないでしょうから自分のところへ行きますから。そっち側へずっとよって、布団の端を折ればおねられになりますよ」
「そうどっしゃろか」
「すこしなんですもの、まだ……」
 横なぐりの豪雨はいくらかしずまった。が、大盥にしたたる雨洩りは、暗い室の中で繁くきこえている。ひろ子は、足さぐりで畳のしめっていない床の間よりの一隅を見つけた。廊下に出してあった布団をもって来て、そこにのべた。
 ほかの部屋では、早い宵の口から眠れもせず、廊下に向った唐紙をあけて燈明の灯の暗い明るみの中に寝そべりながら喋っている。やがて、隣室の復員兵の一人が唄をうたいはじめた。おそらく頭の下に両手をかって仰向き、膝立てした脚を重ねて、朝鮮の兵舎の草原でもそうやって唄ったのだろう。今雨もりのする、列車不通の姫路の宿の暗がりで、その男は、次から次へと、いろいろの唄をうたった。レコード覚えの流行唄ではなくて、何々音頭、何々甚句という種類の唄である。
 廊下の燈明の、弱い黄色い光が襖の立て合わせから、ひろ子の布団の裾にさしこんでいる。たいして声がいいというのではなかったが、唄に心をいれて唄っているその気分が、聴くものをうるさがらせず、ひきつけた。おっつぁんがときどき、陽気に景気づけようとして、手拍子を入れたり、口三味線で合の手をいれたりしている。佐渡おけさのときは、五人の一行がみんなで唄った。
「――これに替歌があるんだぜ、知ってるかい」
 そう云って、また、その男が一人で、別のうたを唄った。一時間の上、そうやってうたっていた。兵隊らしい猥褻《わいせつ》なうたはひとつも出なかった。ひろ子は、うたの終らないうちに眠ってしまった。

        十七

 きょうこそ
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