となった。その車の外を、若い駅員が、ちっとも親切気のない無関心な声で、
「みんな出て下さい。この列車は先へ行きませんよウ」
 片手で帽子をうしろへずらしながら呼んで通りすぎかけた。すると、ひろ子の向い側の座席にいた四十がらみの痩せぎすの男が、さっと立って、
「おい君! 君!」
 思いがけず野太い、人を服従させつけている者の調子で窓ごしにその駅員をよびとめた。
「そんな誠意のない物の云いかたがあるか! みんな長い旅行で難儀しているんじゃないか。――中へ入って来、そして、説明したまえ」
 あちこちから賛成の声が起った。暗いプラットフォームの屋根の下に停っている上、すべての乗客がざわついて立ち上っているためなお薄暗い車内に、その駅員が入って来た。そして、改めて、
「この列車は、水害のため、姫路止りであります。どなたもお降り下さい」
と告げた。乗客たちが駅員をとりまいた。が、結局、姫路の先の水害故障というのはいつ恢復するのか、どこの地点が故障なのかさえもはっきりしなかった。
「仕様がない、降りましょう」
 背広も、合外套も渋い好みで、スーツ・ケースと大きいボール箱を下げたその男が、今度は新しい道づれに加った。
 雨でよごれたプラットフォームに、覆布をかけた郵便行嚢の高い山がいくつも出来ている。ひろ子が、田原の家で、網走から解放されようとしている重吉のために書いた速達も手紙も、恐らくは、みんなこの湿っぽくて陰気な、いつ発送されるか見とおしもない郵便物の山につっこまれているのだろう。
 プラットフォームは大体もとのままであった。が、駅舎から全市街の大半が焼かれていた。眼のわるい支店長、ひろ子、新らしい道伴れ、三人は、人群にまじって荒板づくりの仮事務所の前に立った。姫路駅では正確な故障箇所の告知板さえ出してなかった。いつ恢復する見込なのか。そんなことを知る必要もないという駅員の態度である。
「君たち、商売なのにそんなだらしないことってあるものか。鉄道電話は何のためにあるんだ」
「電話なんてあらへんよ、焼けしもうて。――」
 頓馬! というような眼付をして、新しい道づれをジロジロ眺めながら若い駅員は平然と答えた。
「もうとっくに、電信不通や!」
 これでも文句があるか、というように答えて、雨の降っている地べたへ煙草の吸殼を投げすてた。
「――鉄道ラジオ一つないんだから……。外へ出ま
前へ 次へ
全110ページ中94ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング