、利慾でうごめいていた人間の姿が消えた。ひろ子たちが歩いてゆく今、それらのある窓は板を釘づけにされたまま、或る建ものは看板をかけたまま空屋となっていた。前の歩道では、四五日前の暴風雨のせいか、それとも空襲のときにそうなったのか、根っ子をむき出してプラタナスの並木が数丁に亙ってなぎ倒されていた。倒れたままプラタナスの青葉は、泥によごれながら緑の葉をしげらせていた。
面白くない顔をした男たちが歩いて来る。一つのロータリーのところへ出て、ひろ子は思わず、
「何だろう!」
憤りを声に出した。
「まるで、こうじゃないの」
右手で、盤の上の駒を荒々しく刷きのける恰好をした。縫子の家は、そこからじきなのであったが、土着の住民たちの生活は、全く無視されて、横丁のどぶ端へせせこましく追いこまれている。ここでは清潔なアスファルト大通りの上は、迷彩がほどこされ、空虚に、一直線に工廠の門へ通じている。そのロータリーに、安田銀行が、目立つ角店を出していた。
「閉めてるの?」
「いいえ、やっちょります」
つきあたりに、古鉄の紙屑籠のようになった工廠の大廃墟がそびえているのであった。
この大通りから一歩横丁に曲ると、この十何年来ひろ子が愛着をもって時折歩いた林道、昔少年だった重吉が祭礼の列について走った村の道が、ぼろの布はじのように溝端に押しつけられてのこっていた。ガタガタになっているその町並の中でもまず目に入るのは、ガラス張りの近代風な銀行であった。それは、三和銀行であった。このせまい界隈に、いくつの銀行ができたというのだろう。工廠そのものはひしゃげた鉄屑の大集積になってしまった。しかし、これらの銀行はまだまだ生きて音も立てずにその活動をつづけている。
ロータリーのあたりから、旧い村町が蒙った変化を観れば、空襲でこの大工廠が跡かたもなく破壊されたことなどは、むしろ、かえって整理の方向への第一段のようにさえ思われた。人々の生活の安定は、とっくにその前に壊されていた。抵抗しがたい暴力がのたうちまわり、住民の生活をはねとばし、直線の大道路をひきまわし、しかも何一つとして完成させないで、突然その狂暴な力は虚脱した。みるすべての人々を絶望させる子供だましの壮大さと、虚勢の尻切れとんぼとがあった。無意味なものとなり、空虚なさびしさを示すばかりのアスファルト二十間道路。ひっくりかえって起すものの
前へ
次へ
全110ページ中68ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング