重くおいかぶさって、晴れ渡る時は極く少ないうちに夜になって仕舞う。人の声も犬の声もしない。狐の提灯が田の中を通ると云うのも此頃である。雪でも降れば、雪見舞の人々が通りも仕様けれ共、雪降り前の、何となくじめじめした、雨勝ちの今頃は皆が皆こもって居るので、人通りと云うものはまるでないのである。
 町からの魚屋も大方は来ない。辛い鮭と干物とが有る時は良い方である。私共は毎日野菜で暮して居る。牛乳の有るのを幸、それで煮たりして少しは味の変ったものもたべて居るものの、魚のなまか、牛の焼いたのがたまらなく欲しい事がある。そう云う時に折よく東京から送って呉れる、魚の味噌づけ、「一《ひと》しお」の嬉しさは一月に一度か二度ほか魚のたべられない処へ行ったものでなければ分らない事であろう。外へ出てする事はなし、農民は、冬が一年中の食時《くいどき》である。正月にならないでも餅をつく。東京の様に四角い薄平《うすべ》ったいものにするのではなく、臼から出したまんま蒸《ふか》すのでまとまりのつかないデロッとした形恰になって居る。それを手で千切《ちぎ》って、餡の中や汁の中へ入れる。あまりは鍋などの中へ千切って入れて置く
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