しながら庭の一番深く積って居そうな処々を選んで歩き廻った。皮膚に粟が出来て、唇が紫になり、いつも私がいやがって居る通りに鼻が赤くなるのが自分にも感じられた。庭の堤《どて》の上に並んで居る小松に積った雪は何と云っても美くしい。裏の竹藪で雪を落してはね返る若い竹のザザザッと云う音が快く聞えて来る。車井戸をすっかり雪で包んでお菓子の様に甘そうに、あすこから水が出ようなどとは思われない形になって居る。
一廻りして帰りかけた時、コールテンの足袋を履いて居る足の指の先が痛くなって来た。
どうかするとつまずきそうになる。片手には大きな番傘を持ち、左の手は袖の口に入れて、袖口の処を一寸指先だけで内側にまげ肱を張って調子を取り、一足歩いては雪を下駄の歯から落し、又一足行っては置土産をし、来たあとを振りかえるとズーッと向うの曲り角から今自分の立って居る処まで、歯の幅に下の方に泥《どろ》が黒くついて居る雪のかたまりが二つずつ、木の根と云う根の処に必ず思い思いの方を向いてころがって居る。
手や足がひどくつめたくなったので、私は家へ上ろうと思って堤にそうて入口の方へ行こうとした二三間の木も杭もない中央の処で歯の高さから二三寸も高くはさまった雪の始末に、あぐねて仕舞った。足を宙に振って見ても、只、下駄が飛んで行きそうになるだけで雪は一向に落ちない。雪を落す事は断念してその至極歩きにくいコロコロする下駄で、そのまま歩く事を工夫した。つまさきをすっかり雪の中へ落して、爪皮一枚を透して雪の骨にしみる様な冷たさを感じながら荷やっかいな下駄を引きずって歩き出した。
ころぶまいとする努力のために私は一心に地上を見て体中の神経を足の先に集めて居るとフイに耳元で、
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「やや子(赤坊)の様な事してなさるて事よ。
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と云う声に驚いて見ると、甚五郎爺が大きな雪かきを肩にかついで、長靴を履いた上にわらぐつを履いて「もんぺ」をだぶだぶにつけて立って居る。見ると、家の持地の入口の道から門まで一直線の路をつけて、踏み先へ先へと、雪かきを押して来たものと見え、今自分が立って居る処までほか地面は現われて居ない。父がまだ若い時から居た爺なので、私の事をまるで、孫でも見る様な気で居る。顔中、「たて」の大波をよせて歯ぐきを出して、私の様子を見て居る。
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「東
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