北フランスでどんどんと追いはらわれてゆくナチス軍の敗退の足どりがしるされた。レニングラードの市民の英雄的な闘い、遂に陥落しなかったモスクワ。ひとつひとつの民主的人民の勝利の前進が日本の狂気のようなファシズム下の生活の中へもひびきわたってきた。
日本では本土決戦というようなことがいわれはじめた。
網走へ行って住もうと思って、七月私は福島県の弟の家族の疎開先まで行った。その時はもう津軽海峡の連絡船が動かなかった。
八月六日広島に、九日長崎に原子爆弾がおちた。広島に応召中だった宮本の弟達治が負傷し、死んだが死体はみつからなかった。八月十五日の正午、天皇はラジオで日本の無条件降伏を宣言した。ポツダム宣言は受諾された。急速な武装解除が行われた。九月〔二〕日にミズリー艦上で降伏文書調印が行われた。
十月四日、連合軍総司令部の指令によって、治安維持法の撤廃、政治犯人の釈放、言論、出版、集会の自由が命令された。
十月十〔四〕日、宮本が網走刑務所から解放されて東京へ帰ってきた。府中刑務所の予防拘禁から解放された徳田球一その他の同志たちの間に活動が開始された。『アカハタ』第一号がパンフレットの形で発刊された。日本にはじめて共産党の機関紙が合法的に出版された。代々木に党本部の事務所がもたれた。私も入党した。
十二月、この本部の二階広間の畳の上で、合法的第一回、実質的には第四回大会がもたれた。五百余名の人々が集った。この大会は二年後の一九四〔七〕年第六回大会がもたれたとき、凡そ十万近い党員を代表する数百名の代議員の出席している光景を予想できなかったほど、小規模なものであった。しかし、長年の弾圧と辛苦の果に集ったそれらの人々の雰囲気には感銘ふかい歓喜と新しい勇気とがみちていた。
日本の勤労階級は公然と自身の政党をもつようになった。勤労者の文化的創造性も、自身の組織がもてるようになった。新しい民主主義の立場に立って日本民主主義文化連盟が各種の民主主義文化団体の協議組織として出発した。民主主義文学の団体として新日本文学会が組織された。
十二月、宮本と松江市、米子市、大阪、山口市等の講演旅行に行った。
十二月に新しい日本の民主的文学へのよびかけとして「歌声よおこれ」を新日本文学創刊号のために書いた。近代文学のために「よもの眺め」を書いた。主としてジュール・ロマンの「ヨーロッパの七つの謎」の書評であり、資本主義国家が第一次大戦後欧州の社会主義化をおそれて、ナチスに投資したことがどれほどの悲劇を招く原因となったかということ、また、ジュール・ロマンの「善意の人々」は理性的な方法を知らなかったために、どんなに善意を翻弄されたかということから私どもの学ぶべき点を書いた。
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一九四六年(昭和二十一年)
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極端な帝国主義日本を武装解除し、民主化しようとする混乱と多忙とが始った。文化の面では文学の新運動ばかりでなく、戦争中もっとも戦争協力を強いられたラジオ、新聞の民主化に着手され、GHQの協力によって日本のラジオの民主化のために民間各界の代表をあつめた放送委員会が組織された。その委員の一人にえらばれた。ポツダム宣言によって日本の婦人が選挙権を得た。婦人の政治的、社会的啓蒙、民主化活動も同時にとりあげられて、CIEの個人的顧問であった婦人たちを中心として佐多稲子、壺井栄、山本安英その他の婦人芸術家をも包括する婦人民主クラブが組織された。その下準備のために多くの時間がさかれた。
三月、総選挙が迫るにつれ、特に婦人のために社会状勢のあらましを知らせる『私たちの建設』という小型の本を書いた。共産党の人民の政党としての意味を説明するラジオ放送をした。選挙期間にはいく度も婦人と作家の立場から政治的な演説をした。私の懇談的、講演的な演説は、いわゆる政治演説とは自ら違った。
八月、岩手、秋田地方へ朝日主催の自由大学講師として宮本と二人で出席した。
九月、四国地方の党会議に出席をかねて旅行した。
この年は文化、生産の各場面に民主化のための闘争が起って、十月から十二月のはじめまで、もっとも高い波であった。年末に新日本文学会の第二回大会で「一九四六年の文壇、文学」を報告した。
執筆
一月。春桃。
二月。逆立ちの公私。私たちの建設。(婦人のための啓蒙)“どう考えるか”について。
六月。信義について。
七月。ある回想から。播州平野。(長篇小説)
八月。青田は果なし。
九月。風知草。(連載第一回)
十月。琴平。現代の主題。風知草。(第二回)
十一月。郵便切手。図書館。風知草。(第三回)
単行本。『伸子』〔第一部〕。(文芸春秋社)私たちの建設。(実業之日本社)
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一九四七年(昭和二十二年)
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