熱
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)滋亜燐《じあリン》
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時候あたりの気味で、此の二三日又少し熱が出た。
いつも、飲めと云われて居る滋亜燐《じあリン》を何と云う事はなしに忘れて、遠のいて居たからだと云われた。
私は、自分の体を少しも、粗末にあつかって居ないと思って自分では居るけれ共、はたのものの、皆が皆、私は体をむごくあつかって居ると云って居る。
何か仕事があると、それに熱中して、体の事を忘れては仕舞うのが癖である。
毎日毎日連続してある仕事をひかえてなど居る時は、随分夜更かしもしたり、やたらにお茶をのんだりする、事はある。
私は病弱して、病気に掛ろうものなら、それほどの病気でもなくて、すぐ、眼が落ちくぼんだり、青くしょぼしょぼになったりする、じき死んで仕舞いそうな気になるのである。
昨夜も、何となし、あつかったので、計って見ると七度七分あった。いつもより高くあがって居るのを見ると、何だか急に、大病にでもなった様な、又、大病の前徴ででも有りはしまいかと云う心持になって、おずおずと母の処へ行く。
そうすると、私はきっと母に云われる。
第一夜更ししてのむべき薬をのまなかった事、只一寸の間、足袋なしで居た事を皆、この熱の原因として責められる。
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「お前は、求めて病気をして居るんだから。
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そう云われるのが何よりつらい。
熱の出たと云う事よりも苦《くる》しい事である。父は、あんまりの心配から、腹立たしい様に、
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「それは、大病の元なんだからね。
青くひょろひょろになって肺病なんかんなったって、
私は見舞になんか行かれないんだ。
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と云う。
私は、ポロポロ涙をこぼしてきいて居なければならない。
母がそう云うのも、父が云う事も、心配してくれるのだと云う事は分りきって居ながら、何だか、それほどには云わないでも、と云う気がする。
ほんとうに何でもない、只の風だ。
私はそう思って居ながら、父の云った事なんかを思い出すと、身も世もあられない様な思がする、のである。
キニーネをのんで、ひとりで、寝部屋に行って、厚い毛布の間に包ま
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