くなった一人っきりの娘のわきにつききりになって、涙ながらに膝をちゃんと座らせたり、破ろうとするものをとったり、変に笑うのをやめさせ様として居る。
 その様子をじいっと考えて居ると胸が一杯になって来る。
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 ほんとに可哀そうだ。
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と云う気持が、母に対してでもなく、自分に対してでもなく突《つ》いて走って来る。
 こんな時は、その事が実際、もう今ここで見られる事の様な気になって、声までたてそうにして、私は泣いて仕舞う。
 泣きながら、こんなに明かに想像して涙なんか落して居ると云う事からして変なのではあるまいかと云う気も起る。
 幾分、ふだんより亢奮して居るので、まるで、水かさのました急流の様に、せくにせかれない勢で、想像がドウドウと流れて行く。あんまり何だか薄気味が悪くなって、私は、だれかに来てもらわなければと思った。寒くない様に、障子がしまって、廻し戸がぴったりしてある上に、長い廊下をへだてた二重のガラス戸の中に同胞《きょうだい》や母達は居るのだもの、私が大声を出しても聞えようにもない。
 計温器の「かさ」をあけたりしめたりして、自分の気持におびえるのをまぎらせて居たのである。



底本:「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年12月25日初版
   1986(昭和61)年3月20日第5刷
初出:「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年12月25日初版
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2009年1月29日作成
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