ず、
「とっさん、土産《みやげ》あ後からけえ?」
と訊かずにはおられなかった。が、
「馬鹿《こけ》えこくもんでねえ」
と、彼は相手にもしない。
 だんだん聞いて、出された金包みを戻して来たと知ったときには、
「まあお前が……まあ返《けえ》して来たっちゅうけえ!」
 お石は、腹のしんが皆抜けてしまったように、落胆《がっかり》した。暫くポカンとした顔で亭主を見ていた彼女は、やがて気をとりなおすと一緒に、今まで嘗てこんなに怒ったことはないほどの激しい憤りを爆発させた。
 半《なかば》夢中になって、彼をまるで猫や犬のように罵り散らしながら、自分の前かけや袖口を歯でブリブリと噛み破る。
 訳が分らないで怒鳴りつけられたり擲《ぶ》たれたりして、恐ろしそうに竦《すく》んでいる子供達の肩を撫でてやりながら、禰宜様宮田は、黙然としてその罵詈讒謗《ばりざんぼう》を浴びていた。
 それから毎日毎日こういう厭なことばかりが続いた。
 お石は、何かにつけて金を貰って来なかったことを引合いに出して、子供がちょっと物をねだることまで皆彼女の腹癒せの材料にされたのである。
「汝等《にしら》あまでたかってからに、こげえな貧乏おっかあをひでえ目に会わせくさる!
 あんでも父っちゃんに買って貰っちゃ、呉れるちゅう金え、突返《つっけえ》すほどのお大尽《でえじん》たあ知んねえで、我が食うもんもはあ食わねえようにして、稼《かせ》えでたんなあ、さぞええざまだったべえて、
 俺らも、もう毎日《めえにち》真黒んなって働くなあ止めだ、人う面白《おもさ》くもねえ、
 後《あた》あどうでもええようにすんがええや」
 朝でもふて寝をしたり、食事の用意もしないまんま、どこへか喋りに行ってしまったりするので、心のうちではそんなに母親を怒らせた父親を怨みながら、まだやっと十一のさだ[#「さだ」に傍点]が危うげに飯などを炊く。
 暗い、年中ジクジクしている流し元に、鍋などを洗っている姉の傍に、むずかる六をこぼれそうにおぶったまき[#「まき」に傍点]が、途方に暮れたように立ちながら、何か小声で託《かこ》っているのを見ると、禰宜様宮田はほんとに辛いような心持に打たれた。
 自分がいればいるほど、大混雑になる家から逃れるようにして、彼は出来るだけ野良にばかり出ていた。
 けれども、別にそう大して働かなければならないほどの仕事もない。
 
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