美しく豊な生活へ
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)戦《いくさ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)大変|下手《したて》に出るよう
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]〔一九四五年十二月〕
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この雑誌の読者である方々くらいの年頃の少女の生活は、先頃まではあどけない少女時代の生活という風に表現されていたと思います。そしてそれは、そう言われるにふさわしい、気苦労のない、日常生活の進行は大人にまかして、自分達は愉快に学校に通い、友達と遊び、すくすくと生成して行ってよいという生活だったと思います。けれども戦争が始まり、特に大東亜戦争が始まってから少女達の生活も大変な変化をしました。
家族の中から沢山の人が兵隊にとられて生活の事情が今までよりも困難になった為に、家庭生活の重みが少女達の肩にも幾分かずつ掛りはじめたということもあります。また学校の教育方針が急に変って、今までは自分の好きな髪に結って居ってもよかったのが、勇ましい髪形をしなければならなくなったり、千人針に動員されたことから次第に、動員の程度がひどくなって、終りには学校工場に働いたり、また実際に工場に行って暮したり、耕作したり、学課は殆ど出来ない状態でこの二年ほどが過ぎたと思います。
少女時代の二年という時間は、大人の考えることも出来ないほど内容をもった二年ではないでしょうか。十四の娘さんが十五になり、十六になるということ、それはただ十四のものが二つ殖えて十六になったのではなくて、そこには十四であった少女の知らなかったどっさりの事、心もちが加って来ていて、自分らはもう十六であるという喜びと誇りと人世への待ちもうけとをもつようになっています。人生がほのぼのと見え始めて来た時代です。そのときに人間として高まって行くような勉強も、楽しみもない。工場で働いても其はあまり愉快に働いたとも云えない。過労をする。空腹になる。しかもあなた方はどうぞ立派な少女となって下さいといういたわりが、世間の空気から感じられるというのでもなく生活して来たということは、今日の少女たちの総ての人が分け合っている経験だと思われます。
さて、恐ろしい戦《いくさ》は終りました。前線に行っていらした皆さんの御兄弟はお帰りになった方もあるでしょう。しかし決してもう二度と帰らない御兄弟を持った娘さんもあるでしょう。それから皆さんのお父さんも、徴用から解除され、或は復員になって家庭にお帰りになった方もあるでしょう。しかしまた決して二度と帰らないお父さんを持った方達も少くないでしょう。また帰っていらしても、戦争のために不具になって、娘《こ》としてまた妹としてその人達にいつも親切にして上げたい、何か幸福にして上げたいと思わずにいられないような状態で、新しい生活が始まっている方々も多いでしょう。
社会の状態は大変早い勢いで変りました。今日では、みなが自由であるということ。生活を喜んで営むべきである。正しいと信じたことは、ちゃんと言い、又行うべきである。人間らしい生活を作るために色々の条件を改善して行くべきである。そういう声がどこでもきかれるようになりました。それは全く当然であると思います。何のために戦っているのか本当には分らない戦《いくさ》のために、非常に沢山の人が殺され、国民の生活が破壊されるのを黙ってこらえて行かなければならぬというようなことは間違っていたのですから、今日その間違いを認め、そこから新しい生活を築き上げて行くということこそ、生きるよろこびだと思います。
ところが、そういう明るい、晴れやかな希望に照らされた建設の可能を聞く一方、実際には私どもの毎日の、朝から晩までを満している、いろいろの心配、困難、わけのわからないことがまだまだ決して消えていないのです。
まず第一に食糧の問題があります。男でも女でも、年寄でも子供でもみな今日は食べる物が足りません。おなかの空くことは、昔は母親が心配して何とか食べさせて行けました。今日はお母さんだけでは間に合わないでお父さんが動いています。お父さんが動いても子供が大勢の場合には、まだ不充分で、女学校の一年、二年、ひどい場合には国民学校の上級生の小さい人達までが、自分の智慧で食物を見つけようと思うようになって来ています。疎開児童は田舎へ行って爆弾からは護られたけれども空腹からは護られませんでした。疎開学童は働く楽しみのために農家を手伝ったのではなくて、そうすれば食物を貰えるから、その目的のために働きました。それでも疎開児童が帰って来たときに、親は涙をこぼすほど痩せました。皆さんの御弟妹もそうであったかもしれずあなた方自身もそうだったかもしれません。
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