徒として困ったことがあるときは、陰で不平を云ったり、詰らながったりしていなくてはならなかったのは、もとのことです。今日の生徒は、学校というものを、本当に自分たちが成長してゆくための場所として真面目に考えなければなりません。学課のきめかたも、先頃は、英語などはいけないとやめさせられましたが、世界の日本として生活してゆくのに、女性がカン詰の広告一つよめなくて、おどおどしていてよいのでしょうか。少女たちは、女学生として、自分たちの勉強のしかたを研究し、研究するための委員を組の中から選んで、先生とざっくばらんに相談し、希望もうちあけてよいのではないでしょうか。そのようにして決めた組内の申し合わせは、自分たちできめたことですから、勝手にこわしてしまうようなことをせず、皆が其にきちんと従って、不便なところは改善してゆくという風にやるべきではないでしょうか。自由というものは、こういうものです。
級長なども、これ迄は、どんな工合に選んでいたのでしょうか。先生が指名しましたか。其とも級として自由に選んだでしょうか。級として自由に選ぶことが出来たのなら、自分たちの選んだ級長にあき足りない点があるとき、それはとりも直さず、そういう不満のある人を選み出した自分たちの責任であると、知ることが出来なくてはなりません。選ばれた人は、みんなから選ばれたという責任をよく知って、級の希望に沿うことが出来ないときには、いさぎよく自分から責任を明らかにして、級長を代って貰うという態度こそ、本当の自由な生き方と云えます。そして、もしも、級全体が、或る不満にかかわらず、なおその人に級長として止って欲しいというときは、正直にその希望に従い、不満を抱いた人たちに悪い感情をもたず、自分自身の成長の問題として、なおよく責任を果すように努力してゆく、そういう少女こそ、雄々しく自由な少女と云うべきです。自由が、こういう本質をもつものであることは、若い人々の世界においても、大人の世界に於ても、少しの変りもありません。
しかしながら、果して大人の世界が、こういう目も爽やかな、責任ある自由な生きかたによって営まれているでしょうか。
賢い少女たちは、実際を鋭く見抜いていると思います。今日の新聞を一頁よめば、到るところに、永年の嘘の皮が剥げて現れた醜い事実がさらけ出されています。省線に一度乗れば、弱い者を助けよ、という人間の理想が、跡かたもなくふきとばされているのが身に沁みます。私たちも、そのときは、肩で人を押すようにして、乗らなければなりません。けれども、そうしてその時に乗ってしまえば、其で私たちの考えることもすんでしまったわけでしょうか。ほんとに嫌になっちゃうわ、ねえ、という丈をくりかえしていてすむものでしょうか。
こういう社会全体との関係で起っている事柄について、私たちが、今何を考えたからと云って、急に省線の車台をふやすことは出来ません。同時に、其だからと云って、考えずにいてよいかと云えば、其は間違いです。よしんば、私たちに、すぐ車台をふやせなくても、せめて自分たちだけは、出入口に立ちふさがらないように。そして、みんな気が立って、つんけんとこわい心持になっているときに、平静な、親切なこころを失わないように、そう努力することが無駄であると嗤う人はいまいと思います。
一カ月ばかり前のことでしたが、上野高女の生徒が、学校当局と意見の衝突をしたことがありました。学業もすてて耕作した作物を、先生が独占したことに対する不満が原因であったと記憶します。新聞の記事だけでは、双方の事実が十分に明らかにされてはいなかったでしょうと思いますが、ああいう事柄について、皆さんはどうお感じになったでしょう。私は、その感想を知りたく思います。まるで自分には関係のないことと見て過たでしょうか。それとも、自分たちなら、こうする、という風に思えたでしょうか。それとも、上野高女の生徒のこころもちに、同感をもって話し合ったでしょうか。
自由のこころをもった人は、他人《ひと》の自由な心の動きに対して、感じやすいものです。思いやりと、判断とが早いものです。自分たちの同情なり、批評なりを、はっきり表現してゆく朗らかさをもつものです。
みなさん、どうお思いですか、と訊かれて、何となし首を下げ互にさぐり合い、すぐ訊かれたことに答えられないのが、これ迄の日本の憐れな制服の処女たちの姿でした。これ迄の教育は、学校でも社会でも、つつましさ、女らしさというものを、無智や卑屈さと同じもののようにして、少女たちにつぎ込みました。
行儀よく並んだ空壜《あきびん》に、何かの液体を注ぎこみでもするように、教えこまれるあれこれのすべてが、少女たちの若々しい本心に、肯かれることばかりではなかったことは確です。これ迄は、黙って、そっと、心にう
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