姪の結婚披露に招待されて、久振りで華やかなる雰囲気のうちに心から浸った彼等は、いつかあらゆる日常生活の煩しさから開放されていた。可愛くてうるさい子供達も、老母も、地平線の彼方より遠い彼方に姿を消して、亢奮に連れて甦った若さが三年前の恍惚《こうこつ》に彼等を引戻して、希望に満ち、歓喜と純潔な羞恥に赤らんだ二つの笑顔は、彼等に甘美な回想を与える。単調になりがちな愛の経過に、さっと差した輝きのような新鮮さが、彼等のうちに夢をかきたてた。彼等がまだ結婚しなかった時分に、よく老人達の傍を逃げるように抜け出しては、感傷的な夜景の中を彷徨《ほうこう》したその時分のような忘我と魂の鼓動が、まるで月光のように二つの心を耀かせているのである。
 W・タンナーは米国の中部に在る大都会から、三四|哩《マイル》隔った小邑の会社員であった。毎朝八時になると、彼は木造の住宅から四五丁離れた、或る電気会社の事務所に出かけて行く。そして昼に一時間休暇を貰って、家へ昼食をしに戻って来るときを除いては、朝から夕方まで、古ぼけたオークの事務机《デスク》の前に背を屈めて、無感興な数字の整理に忙殺されているのである。
 まだ
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