(四)[#「(四)」は縦中横]

 思うさえ胸のつぶれる様な納棺の日である。
 私はその席に連る事を恐れた。
 悲しさのために私は恐れたのである。
 二つ三つ隔った処に私はだまって壁を見て座って居た。
 私を呼びに来る人を心待ちに待ちながらも行きかねた気持であった。
 物凄い形に引きしまった痛ましい感情が私の胸に湧き返って座っても居られない様なさりとて足軽くあちらこちらとさ迷えもしない身をたよりなくポツントはかなく咲くはちすのうす紫に目をひかれて居た。
 激しく疲れたと云えば云えるし気の抜けた様なと云えばそうも云える。
 極度の亢奮の後に来る不思議に沈んだ気持が私の体のどこかにやがて命も取って仕舞いそうな大穴をあけた様に感じてさえ居た。
 今来るか――今来るか、悲しい黒装束の使者を涙ながらに待ちうけるその刻々の私の心の悲しさ――情なさ、肉親の妹の死は私にどれほどの悲しみを教えて呉れた事だろう。
 よしそれが私の身に取って必ず受けなければならない尊い教えであったとしても、一時も一息吐く間も後《おそ》かれと希って居たのに、――けれ共後かれ早かれ一度は来なければならない事が只時
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