を思いながら幼い魂を守って居る。
けれ共幾年かの後は私が守られる人となるのである。その事あるを今日から思いまたもう遠い遠い過ぎた日からその事あるを思って、私の体はよし消滅しても私の思想ばかりは不朽に生をうけ得る様に日々務めて、尊い不朽の生を得る事の出来るだけの思想を築こうとして居るのである。
私の年頃、十代で若しくは二十代で死ぬのはまことにつらい事だし五十位の人も又激しい生の愛着を持って居るのだ。実現されない希望を多く胸に抱いていくばくかの努力と勤勉の後、生れて居る現実を楽しんで居る。私共は胸に多くの希望があるがために死ぬのはまことにつらい。どれほど美くしく、どれほど見事に自分の希望が達せられるかと思う心が一時でも生にある事を望ませる。
五十六十ともなれば今までの仕事の仕あげをする一種の喜びに満ちて居る。
長年の苦労によって築きあげられた自分の事業に丁寧に親切なみがきをかけていよいよ尊くなりまさって行く時に死の手にその身をゆだねる事を誰が喜ぼうぞ。いずれの時に於ても、死を知らぬ幼児のほか思いなく自分に迫り来る死を迎える事は出来ないのである。
神仏の力によって、生死の境を超越し
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