な子って云うのよ。
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 腹立たしい様な調子でぶつぶつ祖母は小さい妹の待遇法について不平を云った。
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「兄弟が多いからでしょう、仕方がありませんよねえ。今度病気がよくなったらこっちでお育てなさるといい。楽しみにもなるしするから。
「何! なおるもんで。
 お前が行きつく頃にはもう死んでるだろう。
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 重いと云って来た妹の病気について善い予期ばかりを持って居たい私の心に祖母の言葉はズシーンズシーンと響いた。
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「何にも死ぬときまった事《こ》っちゃあなし、
 今っからそんな事――
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 やたらにムシャクシャして私はスタスタと床に入って仕舞った。自分の頭をブッつける様に横になってもなかなか眠られ様とはしないで暗の中に落つかない瞳を泳がせて居た。一時の音をきいてから間もなく私は深い眠りに入ったけれ共短っかい間に沢山の夢を見た。
 その一つは私が大変赤い着物を着て松茸がりに山に行った、香り高い茸がゾクゾクと出て居るので段々|彼方《あっ》ちへ彼方へと行くと小川に松の木の橋がかかって居た、私が渡り終えてフット振向とそれは大蛇でノタノタと草をないで私とはあべこべの方へ這って行く、――私はびっくりして向う岸と行き来の道を絶たれた悲しさと自分のわたった橋が大蛇だった驚きにしばらくはボーッとして居て、やがて気がついて自分の身のまわりを見ると赤かった着物がいつの間にかすっかり青い色になって居た。妙な事があると思うと目がさめて仕舞った。どうしてこんな短っかいそれで居て何だか薄気味の悪い夢を見たんだかどうしても考えがつかなかった。
 私は目が覚めていつまでもいつまでもその夢を覚えて居られた。

        (二)[#「(二)」は縦中横]

 一番の七時二十五分の列車で私は不安な帰途についた。見知らずの人がすぐ隣りに居ると思うとその人達を研究的な注意深い気持で観察し始めるので病んで居る妹の事を思うのは半分位になった。
 電報を受取った日のまだ明るい頃友達の所から本の小包をうけとった。
 まだ頁を切ってない本が三四冊あったので私は八時間の長い間そんなに退屈もしないですんだ。
 飛ぶ様に変って行く景色、駅々で乗込んで来る皆それぞれの地方色を持った人達に心がひかれて私は自分が今妹の病気のために帰京するんだなどとは云えないほど澄んだ面白い様な気持になって居た。
 氏家駅に来るまで私は本を見景色をながめして自分ではらう事の出来ないほどの不安には迫られないですんだ。
 氏家から乗って来た五つ六つの娘が痛々しくやせて青い営養不良の顔をして居たのを見たら年頃も同じ位なんですっかり気になり出して仕舞った。
 あんな青いだろうか、あれほどやせただろうか、どうか悪い病気でなくてあればいい、生きて居て欲しい。不安や恐ろしさや悲しさが私の心の中に渦巻き立つと胸がこわばって息をするにさえ苦しい様になった。
 一つところを見つめて私はせわしい息を吐きながら布団の中に埋る様にして居る幼い妹の事を思った。
 涙は絶えずまぶたに満ちてそれでも人前を知らん顔を仕終せ様とするにはなかなかの骨折で顔が熱くなって帯を結んだあたりに汗がにじむ様だった。
 死ぬとか生きるとかと云う事はまるで頭になく只私と仲の良い小さい娘に会いたいと云う心ばっかりに司[#「司」に「(ママ)」の注記]配されてスタスタと走って行ったら汽車で行くよりかも近路をしたら早くはあるまいかとさえ早く行きたいと云う心が思わせた。
 平凡な田舎から出て見ると都のステーションとは気がポーッとなるほどせわしない活気のある世界であった。
 家までやとったまだ若い車夫はずるくて鈍間でゆるい足袋を雨上りのぬかるみにつけてベジャベジャベジャベジャ勢のない音を出してゆるゆると走った。
 後から来た車がいかにも得意らしくスイスイと通り越して行くと私はかんしゃくを起して蹴込をトントン蹴った、それでもズドンズドンしたらよけいおそくなるからと思っていいかげん塩梅してストンストンやってかすかな満足を得ようとする自分の心が私には可笑しくもあった。
 家の門を入ると車が二台置いてあった。
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「よくないな
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と思うと頭へ体中の血がのぼる様になった。車屋へお金をはらおうと思うと銅貨が一つ足りなかった。
 柱のベルをはげしくならすと、
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「お帰りなさった。
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と云う声が聞えると女達は私のわきに泣きころげた。
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「どうなの? え、どうなのよ。
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 震えて口が利けない様だった。女二人は私の靴を片方ずつぬがせて呉れた。手伝に来た
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