前方の迎えるままに私達はおしむ事を知らない骨肉の涙にその晴着を濡しながらも小さいお飯事道具とお人形を持たせて送ってやったのだよ。
 私のたった一人の妹をだよ。
 土! よくお聞き、何物にもかえがたい私の妹をだよ、たった一人の、――
 どうぞお前方には尊すぎる花嫁を迎える新床をやんわりと柔らかくフンワリとやさしくしてお呉れ。どうぞね、土よ。
 残されて歎く一人の姉の願いを聞いてお呉れ。

  雨が降る――風が吹く
  土《つち》のお宮は淋しかろ 寒かろう
  送ってあげたや紅の地に
  金糸の花を縫い取って
    真綿を厚く夜の衣《きぬ》
  それにそえては虹のよな
  糸でかがった小手毬を――

  日はひねもす夜は夜もすがら
    銀の小針をはこばせて
  縫いは縫うたが悲しやな
  送りたいにもつてはなし

  土のお宮にただ一人
  妹《いも》を送りし姉娘
    縫いあげし衣《きぬ》手に持ちて
  わびしく一人たたずめる、――
    土のお宮の城門《しろもん》に――
  「あけてたべのう門守の
  おじいさまよ」と願えども
  青い着物に銀の鎌
  いかめしゅう立つとしよりは
  くぼんだまなこで緋の衣を
  じいっと見たまま立って居る
    いつまでも――いつまでも

  「それならわたしが行こうとは
  申さぬほどにこの衣を
  妹にやって下され」と
    云うも叶わぬ願い事……

  ホロホロと涙は雪のその様に
    白い真綿にしみて行く
  かけ入ろうにも門はなし
  たのみたいにもつてはなし
  縫いあげし衣手にもちて
    残されし姉さ迷よえる
     その名を呼びて 涙して――

  雨が降る――風が吹く
  土のお宮は淋しかろ 寒かろう
    送ってあげたや この衣を
      この毬を
    残されし姉 さ迷える――
[#地から5字上げ](終)
          ――○――
 たった一人の掛けがえのない妹を失った私は大なる骨肉の愛情の力と或る動機によって一変する人間の感じと云うものの不思議さを知った。どうして今度斯う云う事を私が思ったかと云う事は亡き妹の性格と容貌をはっきりわからせなければそのわけが分らないのである。
 世の数多《あまた》数多い子供の中には何とはなし可愛げのない児と云うのがある。
 不幸な事には彼の妹もその一人であったと思われる。
 只一眼その姿を見てそそられる様な清い愛情の湧く姿も声も神からさずからなかった。
 誰れにも似て居ない赤坊を見た時二親なり同胞のものが変な感じにおそわれるのは自然な事である。
 生れた児には何のつみもない。只不幸な偶然な出来事に会ったと云うよりほか仕方がない。その不幸なる思いがけない出来事によって直接その児が同胞達からいい気持をされなかったと云う事は実にくらべるものない惨めな事である。
 よく人は容貌によって愛す愛さないと云う事はないと云うけれ共、一目見て不愉快な感じをあたえる顔をしたものをこの上なく愛すと云う事は人にまれな美徳なり技術なりがその醜さを被うて居る時ででもなければ大抵は出来ないものである。
 まして何の色彩もない自己を装う事をしらない子供はありのままの自分をいつでも誰にでもさらけ出す。
 子供特有の無邪気さはあってもそれをよけい美くしくする麗わしい容貌がいるものである。たしかに私はそれを信じて居る。
 子供と云うものが従来最も神に近いものとしてあっただけ子供と云えば美くしく想像する。極く育とう、育とうとする子供の時代は万事の事がいかにも人間、人間して居る。
 食べるものを遠慮なく欲しがる、その時に白い髪の黒い子が口を小さくしながら膝にすがって堪えられない魅力のある美くしいお菓子に折々流眼を呉れながらねだったならたとえいけないと叱るにもたまらない愛情がその心の奥にうごめいて居る。けれ共若しそれがきたならしい子だったら只もう不愉快な感ばかりになって仕舞う。
 子供につきものの愛嬌と云うものにとぼしい私の妹は笑うと云う事が比較的少なかった。子供にしては智的な意志の強い性質が顔に少しも子供らしい柔かみをあたえて居なかった。口元はそう云うたちの人に有り勝な大きくムンと結んで幾分かこわい様な二つの眼はよく張った額の下で輝いて居た。
 人に云われても一度自分の心で決した事はいやでも応でも仕とげる、そのために態度は随分粗野であった。
 声なんかも荒く出来て居た。
 けれ共色は白く髪は厚かった。粗野な一面には非常にデリケートな感情があって父親や兄達のこまこました事はやさしくしてやった。只一人の妹と云う事から両親の次に私はこの妹を大切にした、髪などをたまに結ってやったり歌を教えたりした。
 私の膝に抱かれたまま、私の髪の毛をいじる事が大変す
前へ 次へ
全9ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング