て横わる小さい姿の――
おお私のたった一人の――たった一人の私の妹よ――
(三)[#「(三)」は縦中横]
糸蝋はみやびやかに打ち笑む。
古金襴の袋刀は黒髪の枕上に小さく美くしい魂を守ってまたたく。
元禄踊りの絵屏風をさかしまに悲しく立て廻した中にしなよく友禅縮緬がふんわりと妹の身を被うて居る。
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「常日頃から着たい着たいってねえ云って居た友禅なのよ華ちゃん、今着て居るのが――分って?
[#ここで字下げ終わり]
いらえもなく初秋の夜の最中に糸蝋のかげに臥す幼児の姿ほど美くしいものはない。悲しいものはない。
私はその傍に静かに思いにふけりながら座して居る。
驚と悲しみに乱された私の心は漸く今少し落ついて来た。
たった五年で――世に出てから五度ほかお正月に会わないで逝った幼児の事がしみじみと心に浮ぶ。
世の中の辛い義理も、賤ましい人の心の裏面もまた生活と云う事についてのつらさを一つも味わわずに逝ったのは幸福とも云える事であろう。
尚それよりも幸福なのは偉大な力をもって人に迫る「死」そのものを知らないことである。
病む人が己に死の影が刻々と迫りつつあると知った時はどんな気持だろう。実に「生」を求める激しい欲望に満ち満ちて居る。
過去の追憶は矢の様に心をかすめて次々にと現われる嬉しい悲しい思い出はいかほどこの世を去りがたくさせる事だろう。
或る苦痛を感じて死の来るべき事を知った心も我々が思う事は出来ない複雑な物哀れなものである。
厳かな死の手に、かすかに残った生のはげしく争う辛いはかない努力もしず、すなおにスンなりとその手に抱かれた――抱かれる事の出来たのは動かせない幸福な事である。
悲しい死によって美化された幼児の顔はこの上なく尊げなものである。
白蝋の様な頬の色、思い深い紅に閉された小さい唇の上に表れた死の姿は実に不可思議なものに見える。今まじまじと目の前に表れ出た頬のない美くしさ、冷やかさを持って居る死は私の心にまた謎の種をおろして行く。今まで仕様事なしに私の貧しい知識の知れる限りで死の事を考えて居た心に又一つ新らしい考える気持を落して行く。
死に対する新たなるしかも大変強い恐れとその美化する力の大なるために起る不思議な危い魅力とがかたまって一つの私には解けない謎の様なものになって来る。生みの力と絶えず争いつづける死の偉大な意味、その心などは人間にはきっぱり分りきって仕舞うものではあるまい。少くとも今の私には死の意味をさとる――その気持を思う事は出来ないにきまって居る。
出来ないと知りつつも私の今の気持ではそれを思わずには居られない。
只一人の妹の冷やかな身を守って静かに死を思う時冷静に感情を保つ事は私には出来ない。
悲しさが湧く、涙がこぼれる、終には、自らの身の上にまでその事を考え及ぼして、自分が亡き後の人々の歎き、墓の形までを想像して泣く。
皆、私の年のさせる事である。
今日から三十年、四十年と、時がすぎて、私の髪が白くなったその時は一滴の涙もなくその事を想う事が出来るかもしれない。けれ共そうある事を希って居るのではない、私は今の此の力に満ちた蛋白石の様な心の輝きが失せて「死」の力も「生の力」の偉大さをも感じないほど疲れた鈍い、哀れな感情になる事を思うのは、いかほど辛い事だろう。
どれほど、白髪が、私の頭を渦巻こうとも額にしわが数多く寄ろうとも、只、希うのは、健に、敏い感情のみを保ちたいと云う事である。
今私が、妹の死を悲しんで、糸蝋の淡い灯影につつましく物を思いながら幼い魂を守って居る。
けれ共幾年かの後は私が守られる人となるのである。その事あるを今日から思いまたもう遠い遠い過ぎた日からその事あるを思って、私の体はよし消滅しても私の思想ばかりは不朽に生をうけ得る様に日々務めて、尊い不朽の生を得る事の出来るだけの思想を築こうとして居るのである。
私の年頃、十代で若しくは二十代で死ぬのはまことにつらい事だし五十位の人も又激しい生の愛着を持って居るのだ。実現されない希望を多く胸に抱いていくばくかの努力と勤勉の後、生れて居る現実を楽しんで居る。私共は胸に多くの希望があるがために死ぬのはまことにつらい。どれほど美くしく、どれほど見事に自分の希望が達せられるかと思う心が一時でも生にある事を望ませる。
五十六十ともなれば今までの仕事の仕あげをする一種の喜びに満ちて居る。
長年の苦労によって築きあげられた自分の事業に丁寧に親切なみがきをかけていよいよ尊くなりまさって行く時に死の手にその身をゆだねる事を誰が喜ぼうぞ。いずれの時に於ても、死を知らぬ幼児のほか思いなく自分に迫り来る死を迎える事は出来ないのである。
神仏の力によって、生死の境を超越し
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