居ると、誰か彼方の畑道を廻って来た人がある。
 角まで来て日傘を畳んだのを見ると、近くに住んで居て、よく茶飲話をしに来るお婆さんである。私は
「今日は、なかなか暑うございますね
と声をかけて、片手に木鋏を下げ、片手で顔の前に下った帽子の鍔を持上げた。いつものお婆さんなら、少し鼻にかかった作り声で、滑るように
「お暑いこってござりやすない
と返事をする筈なのである。
 けれども、今日は如何うかして、小学校の子供のように、お婆さんは只コックリと頭を下げた限りで、ぼんやりと天日《てんぴ》に頭を曝した儘、薄紫の愛らしい馬鈴薯の花を眺めて居る。
「どうなさいました。家へ入って少し休みましょう
 私はお婆さんを縁側に腰掛けさせて、お茶を入れた。喉が乾いて居ると見えて、お婆さんは殆ど機械的に三杯お茶を飲み干すと、始めて人心地が付いたように、眼を大きくして、四辺を見廻した。そして、手拭で頭の汗を掻くと、其を顎の辺に止めたまま、いきなり
「今日は、はあお仙さと伺いを立てにいぎやしてなあ
と話し始めた。何処でも田舎はそうなのか、村では占とか、御祈祷、神様に伺いを立てる等と云う事が非常に流行する。其も、一年
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