れるようにもなり、ひいてそのことは、日本の世間のしきたりや女の暮しとして定められている形と女性本然の生活への翹望というものが、時にどんな形で相搏つものかということについて、深く心をうたれる場合を多くした。
 古田中夫人の性格というものが、徐々に一つの力をもって私にかかわるものとなって来た。
 この時分、どういう折のことだったろう。夫人は私に一つ指環を下すった。お孝さんはなかなか趣味家で、指環にも趣好があるらしいよ、というようなことを、母からきいていた。いつも、さっぱりと一つほど、気にかなった指環をして居られて、それはどれも仰々しいところのない、親愛な気分のものだった。
 私に下すったのはイタリーのカメオが金の台にとりつけられている、極くさっぱりとした品であった。柔かみのある灰色地に白で肖像のついているカメオを、装飾のない金の座で単純にとめてある。其は、母が哀慕していた謙吉さんという人が、アメリカ土産にお孝さんにあげたものだったそうだ。妹の長女である私は小さいとき、謙吉さんから養女にもらわれかかったことがあったという話も、いつか夫人につたわって、その指環をいただくことにもなったと思われる
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