いという事実も、思い合わされる。
 あれやこれやの理由から、孝子夫人の資質を貫く熱い力は、よりひろくひろくと導かれ得ないで、日常身辺のことごとと対人関係の中で敏感にされ、絶えず刺戟され、些事にも渾心を傾けるということにもなったのではなかったろうか。
 二昔ほど以前の生活の環境であったらば、夫人の気質は、所謂江戸子の張りある気象と一致して放散されたものだったかもしれない。けれども大正の末、昭和へと生活は全く複雑になり、情熱のよりどころも見やすくはないものとなった。
 まことに女らしい天性によって、孝子夫人の情熱の主題は、日常生活の中での人と人との間の愛と信義、心意気と好みとの上にあつめられていたと思うのは誤りだろうか。孝子夫人は、何につけても本当に心のたっぷりさを愛していた方だと思う。自分も心のたけ、ひとも心のたけで尽し合う人間交渉を求められた。だが、遑しくなりまさる営みの間で、孝子夫人のその願いは一度二度ならず傷けられたことと思う。
 元来、品川の伯父さんと呼ばれた方が、事業上の熱意のほかにどんな趣味をもって居られたかは知らないが、孝子夫人の母上、現子夫人は、今日高齢にかかわらず、猶読
前へ 次へ
全17ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング