れて、わたしにすぐ見当がつかなかった。
「お孝さんさ。うちへ来なすったこともあったじゃないの」
「そうだったかしら」
どうもはっきりしないまま、その日は夕方から母に連れられて、俥に永いこと乗って古田中さんのお家へ上った。芝の清正公のそばの二階のあるお家であった。
初冬の時節ででもあったのではなかったろうか。二階のお座敷は賑やかで、夫人のほかに、若い男のひとも何人か居合わせ、小さいお嬢さん坊ちゃんも、そこの襖から出入りした。勿論御主人も居られた。歓待して頂いた。若い娘らしくそれを十分に感じ、くつろいだ、なついた調子で、啄木の歌がすきだというようなことまでお話しした覚えがある。
その晩も、母がそのお座敷で、私が幼い記憶にあるお孝さんと現在の古田中夫人とを結びつけかねている可笑しさを話し、一座の人々は笑いながら、無理もない、という風に私の味方をして下すった。自分も笑い出しながら、改めてそっとお孝さんのお顔を眺め、ふくよかな全体の感じにあの美しい襟もとと共通なものを知りながら、其でもやっぱり、あのひとがとりもなおさずこの方という工合にはぴったりと会得出来ず、今の姿で、環境で初対面の思いが
前へ
次へ
全17ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング