重衝突でつぶされちゃったかと思ったわよ」
その辺には号外やら夕刊がとり散らされてある。どれにも、各所に籠城した罷業従業員達の動静や街上風景を写真ニュースで報じ、「怖し羞し背広の車掌」「非常時運転がこぼすユーモア」「笑いをのせて」などと云う記事が面白可笑しく出ている。一方山下又三郎の名で「総罷業の首謀者四十五名に解傭を通告」という報道がある。
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今回の罷業に関し貴下を懲戒解傭の処分に附するの已むなきを得ざるに至りし事は遺憾至極に存じ候。然れども貴下の行動は恐らく本心より出でたるものにあらざるべしと思慮致候に付来る七日迄に復職願い出でられたる場合においては、当局々員として適当と認めたる時は実施案の本旨に鑑み特に今回にかぎり右処分を取消すことも有之べく念のため申添候。
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「何だか意味深重な手紙だねえ」
弟がそう云っている。
「どういうのよ、これ。ね、お兄さん。それまでにストライキをやめろってことなのかしら?」
新聞は、今度の総罷業は「双方見事な統制で応戦」と報じているが、私は市中へ出て見てまた、こうして、新聞を見て奇異な感にうたれるのであった。成程、車庫は白服でつまってそのまわりはなめたように閑静だし、罷業団は職場以外のそれぞれのところに塊まって気勢をあげている。その状態を、見事な双方の統制というのかもしれぬけれど、どの電車の内、停留場にでも貼られているのは、電気局の儀式ばった印刷のビラだけで、従業員たちが直接市民に訴えるただ一枚のビラ、伝単さえ見当らないのはどういうものであろう。そしてまた、従業員の生活問題のために起った東交が、やはり一枚のビラをもまかず、市民に向って特別なアッピールをもしないでいるというのは何故であろうか。そう思って、「争議団司令部」という大きなはり紙をした二階の手摺のところへ、新聞社写真班のために、わざわざ並んだ幹部たちの写真を眺めいるのであった。
[#地付き]〔一九三四年十月〕
底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
1953(昭和28)年1月発行
初出:「進歩」
1934(昭和9)年10月号
※×傍点を付した文字は、底本の親本で伏せ字を起こしたもの。
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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