と云わんばかりに見た。女もつられてちらと私の方を眺めたが、私に対しても、男の話に対しても大した興味はなさそうな眼つきで、
「大変だねエ、やすみっこなしでさ」
と、口の先だけしんみり応答している。
女はいつの間にかいなくなった。赧ら顔のずんぐり男は、それでも、電車が来ると、
「えー、ナニ? 入庫、君、入庫して下さい」
とやっている。
「入庫だって」
「入っちゃっていいんですか」
開襟シャツの若い背広車掌はいかにも嬉しそうである。
「ポール直して」
ずんぐりが指図している。車内にのこった一人が方向を巻き直そうとしてのび上ったら、
「方向はいいから、方向板だけはずして下さい」
その電車は、ポールを直した車掌をのこしたまま動き出しかけた。背広車掌があわてて一二歩走りながら、
「ちょっと! だめだよ」
「おい、おい、車掌忘れてっちゃ困るよ」
そして、ハハハハとカンカン帽を仰のけて笑った。別に続いて笑うものもいない。――
遂に×橋行に私が乗りこむと、つづいて大きい風呂敷包みを腕にひっかけた男がいそいでのった。
「×○下」
男が五銭出して云うと、いかにもスポーツ好きらしい顔つきの急拵え
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