争と平和」の話が出て、あの中の女性では誰が好きか、ナターシャなどと云われた。

 二三年経って或る会で落ち合った時、芥川さんには先よりずっと芥川的風格とでも云うべきものが著しく感じられました。先より話し易い心持で、探偵小説のことや、アメリカの学校のことなど喋った。着物でも夏であったが、黄麻の無地で、髪や容貌と似合っていた。
 その時、別に立ち入った話をした訳ではなかったのに、数日後、私は俥に乗って田端の芥川さんの家を訪ねました。その時分、私は内的に苦しんでいて、その訪問も、愚痴を聞いて欲しいというまでに折れてはいなかったが、自分の芸術の上に確乎としている人に接したい欲求があったと見えます。
 少し極りわるく感じながら玄関で案内を乞うたら、芥川さんは何処かへ旅行中の由でした。また俥にのって私は帰って来たきり、手紙も出さず、再び訪ねる機会もなかった。若しかしたら、芥川さんは最後まで、私のこの訪問を御存じなかったかもしれません。会で話したとき、私の心に触れる人間的なものがあった証拠だったと思います。

 また或る夜、そこは野上さん家で、芥川さん、内田百間さん、中川一政さん御夫婦と私の集りでし
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