づけ出した。勇吉は、立ちはだかって、勘助を見ていたがやがて、
「何でえ、何しくさるでえ」
とつめよせて来た。
「畜生! うせあがれ! われの家われと焼くが何でえけねえ、どかねえと打《ぶ》っ殺すぞ」
馬さんその他上って来て、種々仲裁したが、勇吉はなかなかきかない。
「おらあ、火いつけりゃあ牢にへえる位知ってるだ! ああ知ってするごんだよ、だから放っといてくんろ、畜生! 面白くもねえ、ええい!」
強力だから、あばれると一寸相手がない。人々を振りほどいてまた、粗朶火をふり廻す。勘助は、黙って考えていたが、はっきり勇吉の耳元で叫んだ。
「なる程、おらわるかった。折角おめえこの家焼きてえちゅうに止めだてしてわるかった。おらもじゃあ手伝ってくれべえよ」
勘助も粗朶火を手に持った。そして、消防の方に何だか合図し、穏かに、楽しそうな風体で、
「おらも助《す》けてやるぞ、なあ勇吉どん」
と、ふすま[#「ふすま」に傍点]をはずして持ち出し、土間のワラをかき集めては火をつけた。――このような見ものを村人は、村始まって見たことはなかった。何という面白そうな火つけ人! 勘助が、
「さて、次は何を焼くべえ、畳か」
といってあたりを見廻した時、いつの間にやら鎮まって、あっけにとられ、彼の所業《しわざ》を見守っていた勇吉が、いかにも面目なげにしおれ、小さい声で勘助にささやいた。
「もうええ」
勘助は、勇吉を眺め、やはり楽しそうにさらりといった。
「そうけ、じゃあやめべえ、おやすみなんしょ」
翌日、勇吉は、麦粉をもって勘助のところへ行った。
「はあ、何ともはあ……どうぞお前から皆によろしくいってくんさんしょ、いずれ何とかする気では居んが」
「そりゃ構うめえが……何だね……おれあたまげたぞ全く、どうなるかと思ったて。何だね? 一体ことの起りあ」
勇吉は、赤銅色の顔を一寸伏せ、人よく、
「へへ」
と照れ笑いをした。
「詰んねえことさ、その……何さ、きい奴まだ若けえのに――その亭主兵隊さとられちまってはあ――その……さびしかっぺえと思ったんで、おらあ……何、ちょっくら親切してやったのうばばあめ……騒いでけつかる」
去年の六月、私は祖母とその村にいた。
毎日夕焼空が非常に美しかった。東京の市中では想像もつかない広い空、耕地、遠くの山脈。竹やぶの細い葉を一枚一枚キラキラ強い金色にひらめかせな
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