頭を突こむような恰好で標識がぶちこまれている。
「今朝は何ともなっていなかったわねえ」
「うん、出がけには気がつかなかったわ」
 板橋の上へ並んで子供らは驚きを顔に現し目を大きくして見ていたが、タミノに手をひかれていた袖子がいきなり、オカッパをふり上げて叫んだ。
「ね、あれ、うちの父ちゃんがこしらえたんだね」
「そうよ。わるい奴、ねエ」
 ひろ子は、土管の側からそろそろと片脚をおろし、枯草の根っ株を足がかりに、腰を出来るだけ低くして手をのばして見た。そうしても、鯱鉾立《しゃちほこだ》ちをしている標識までは、なお二尺ばかり距離があった。
「ちょっと! あなたまでおっこっちゃ、やだよ」
「大丈夫」
 その時道路のむこう側に洗濯屋の若い者が来て自転車をとめ、女と子供ばかりでがやついている様子を珍しげに眺めていた。
「――そりゃ、綱でもなけりゃ無理でしょう」
 手の泥をはたき落しながら、ひろ子も断念して、
「袖ちゃんのお父さんが来たら上げて貰おう、ね」
 皆で引かえす道で、二郎がしつこく訊いた。
「ね、だれがやったの? どうしてあんなにすてたんだろ」
 腹を立てていたタミノは、赤い頬っぺたを四
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