まで余波が来ることを全く予想していないことではなかった。或るところへ電話をかけ、そこから必要な場所へ知らして貰うため、タミノを出した。
 重吉がやられた時、ひろ子は自分では十分落着いているつもりであったが、大谷の家の降りなれた階子の中途に下っている壁の横木へ、二度もひどく自分のおでこをぶつけた。その薄い傷あとを黙って見ていた大谷の眼差し。それから、
「まア、飯をたべて行きなさい」
と、チャブ台へ自然とひろ子を坐らした大谷のもの馴れた思いやりのこもった沈着さ。仕事で彼によって成長させられた色々の場面を考えると、ひろ子は、遂に彼のつかまったくちおしさで腹が震える感じであった。
 いつだったか、ひろ子は大谷がもう少しであぶなかったところを、樹へのぼって助かったという話を誰かからきいた。ひろ子が面白がってその噂を重吉に喋り、
「ほんとにそんなことがあったの?」
と訊いた。重吉は、ひろ子の顔を一寸見ていたが、直接そのことがあったともなかったとも云わず、ただ、
「なかなか早業をやるよ」
 そう答えて、愉快そうに笑った。ひろ子は、後々まで、そのときの重吉の返事のしぶりを思いかえして、心に刻みつけられるものを感じた。重吉と大谷とのつきあいの深さは、互の噂を個人的に喋り散らす以上のものであり、そういう友情が歴史を押しすすめるための大事な見えないバネとなっている、その値うちがひろ子にも近頃少しずつ分って来ているのであった。
 だが、果して大谷はやられなければならなかったのだろうか。ひろ子はそう考えると、大谷のやりかたにも口惜しいところがあるように思えた。例えば絣の男ときいてひろ子の頭に浮ぶのは臼井という人物である。もしそれが、稲葉のかみさんのみたあの絣であったとしたら。ひろ子が言葉は少くしかし意味は深く漠然とした疑いを話したとき大谷は、比較的あっさり、ひろ子の不安を否定した。だが大谷は絶対にそのようなことがあり得ないという確信を持つ客観的な根拠があったのだろうか。
 この前後のいきさつには、ひろ子として何か口惜しいところがある。
 僅か一日おいて、託児所からタミノがやられた。
 ひろ子が子供らの駆虫剤をもらいに診療所へ行ってかえって来たら、溝橋のところに二郎と袖子がこっちを見て立っていた。遠くでひろ子の姿を見つけると、二人の子供は手を繋《つな》ぎあわせ、駆けられるだけの力で走って来た。
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