えた。消化不良の便が出ていた。母乳のほかに山羊の乳をのませろと医者に言われて、お花さんは自分の稼ぎのつづく日にはそれを飲まし、ここへあずけて「よいとまけ」に出ているのであった。
タア坊のおしめを代えてやっていると、窓の下で、
「いいかい、ここ、あたい達のコーバ!」
甲高い、勝気そうな袖子の声がした。ひろ子がちい坊の寝台を二階の手すり間ぢかまで引っぱり出して日光浴をさせながら見下していると、入口の前の空地の隅に、こわれたブランコがある、その切れた繩の先を握って袖子が何かを手繰《たぐ》るような手つきでそれをふっている。二郎が、茶の毛糸と青毛糸とをいかにも間に合わせに継いで寸法をのばしたジャケツを着、ゴム長をふんばって、わきからそれを眺めている。
やや暫く二郎はそうやって眺め、袖子は、目をつっつきそうに伸びすぎて剽悍《ひょうかん》に見える黒いオカッパの下から、時々真面目くさった視線で二郎の方を見ながら、運動をつづけているのであったが、やがて二郎が、ぶっきら棒に、
「ヤーイ、名なしの工場なんて、ないや」
と云った。袖子は睨むように二郎を見た。そして思案していたが、やがて動かしている手はとめず、
「――ブランコ工場だヨ!」
イーというように返事している。
見下していたひろ子は、声は立てずに大きな口をあけて笑った。
「ここ、キカイだよ!」
矢張り生真面目な顔で、袖子は、ブランコの柱のひびわれた木目を、あいている左手の指先で押しつけるようにして二郎に示している。
今度は二郎が黙って袖子と並んで立った。そして自分でも、もう一本の切れた繩の端を握り、袖子よりもずっと荒ぽく、調子をつけて振っている。振っていると思うと、二郎はいかにも男の児らしい敏捷さで、ひょいとゆれているその繩の先へぶら下って、脚をちぢこめた。止りそうになるとゴム長で地べたを蹴り、またぶらん、ぶらん振り直す。盲滅法に地べたを蹴ろうとする二郎の足は、やっと地べたに届いたり、そうかと思うとたった二分ぐらいのところで宙を掠《かす》めてしまったり。――
ひろ子は、いつかつりこまれ、さながら二郎の背中を押してでもやっているように、調子をあわせ無意識のうちに自分まで顎を動かした。
袖子は、繩を持ちかえたが、そのまま目を凝して二郎のやることを観察している。
それに飽きると二郎は暫くどこへか姿をかくし、出て来たとこ
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